「影の駅」

静まり返った駅。
そこは利用客の少ない停車駅で、夜が深まるにつれ、周囲は不気味な静けさに包まれていた。
駅の名は「黒崎」。
周囲にはただの田畑と山しかなく、夜行バスも終わった後、一日に数本しか列車が来ない。
そのため、郊外からの通勤客はほとんどおらず、この時間帯に訪れるのは、何かの事情を抱えた人間ばかりだった。

そんなある晩、高校生の悠斗は、部活が終わってからの帰り道、我慢できずにこの駅に立ち寄った。
彼は、迷惑を掛けずにする晩の散策が好きで、特に夜の暗い雰囲気が心を落ち着けることを好んでいた。
しかし、いつもお気に入りのベンチに座ると、ふとした時に「影」を見たような気がしてならなかった。

「何かいるのかな…?」

その場に佇む悠斗。
薄暗い駅舎の窓越しに細い影が映り込むのを見つけた。
驚きと共に目を凝らすと、確かに人のような影がちらちらと動いていた。
それは、かつての親友である超(ひろし)だった。
悠斗は彼が亡くなったことを知っていたが、その姿に確かに見えたのだ。
思わず目を凝らし、途方に暮れた。

「ひろし…?」

悠斗は声をかける。
だがその影は、微動だにしなかった。
心臓が速く打っていく。
知っているのは自分だけだ。
だが、眉間に皺を寄せる悠斗は、記憶に蘇る超との楽しい日々を思い出しながら、彼が何を求めているかを心の中で考えた。

その瞬間、音もなく影が動き、駅のホームの反対側へと走り去っていった。
悠斗はその影を追いかけようとしたが、どうしても足が動かない。
恐怖が彼を捉え、周囲の景色も変わっていく。
駅のかすかな灯りが、まるで彼を mock(おちょくる)かのように揺らいでいた。

再び悠斗は、さらなる思い出の中に埋もれ込む。
「もう一度、ひろしに会いたい」という想いが強くなる。
彼はその瞬間、必ず彼らの絆を取り戻せると信じ込んでいた。
悠斗は影を追いかけるために、踏み出していった。
やがて、その影が消えた場所に辿り着くと、突然、知っている駅と違う風景が広がっていた。

閉じ込められたような感覚の中、悠斗は記憶の中に閉じ込められていく。
ふと目の前には彼の左右に置かれた古い駅の丸テーブルが見えた。
そこで再び見た影は、やがて動き出し、悠斗に言葉をかけてきた。
「悠斗、お前もこっちに来るのか?もう一度一緒に…」

悠斗は己の意思に反して引き寄せられていく。
彼は再会を希求しながら、その影の側に。
そこには楽しい思い出しかないが、深い暗闇が彼を包み込む。

「帰ることはできない。この場所では、私たちが永遠にいるべきなんだ…」

彼の意識の中で、時間が輪のように繰り返し始め、悠斗はそれを受け入れようとした。
影は、もう一度彼と共に寂しさを分かち合うことを望んでいた。
その想いが、彼の心を掌握してしまった。
影とはついて回る存在であり、それが己の姿を変えているように感じる。
悠斗は最後の力を振り絞り、「もう、生き返れないよ!」と叫んだ。

しかし、すでに彼は「黒崎」の影の一部になっていた。
亡き友と再会したいがために、彼自身の記憶が消え去り、やがて悠斗もまた、新たな影の一部となり、次に訪れる誰かを迎え入れる準備をするのだった。
その時間が再び巡り、一瞬の快楽が永遠の苦痛に変わることに気づかぬまま。

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