集落の外れに、ひっそりと佇む古びた家があった。
その家には、長い間誰も住んでいなかったが、村人たちの間では「集」の家と呼ばれ、不気味な噂が囁かれていた。
紫色の煙が立ちこめ、特に夜になると「足音が聞こえる」と語られた。
興味津々の陽介は、その真相を確かめることを決意した。
ある晩、陽介は懐中電灯を手に家へと足を踏み入れた。
扉を開けた瞬間、冷たい風が吹き抜け、家の中はひどく静まり返っていた。
壁にはカビが生え、家具は埃に覆われていたが、彼には何か特別な魅力があった。
彼は集の家がただの廃墟ではないことを肌で感じていた。
部屋を一つ一つ探索しながら、陽介は次第に不安を感じ始めた。
心臓が高鳴り、周囲の静寂が彼の耳に圧し掛かる。
それでも、彼はルームの中央にある大きな鏡に惹かれた。
鏡はまるで自分を映すのではなく、別の世界を映しているかのように見えた。
しばらく覗いていると、突然、陽介の耳に「足音」の音が響いてきた。
最初は遠くで足音がしているように感じたが、次第にその音は近づいてきた。
彼の心は恐怖で満ち、思わず後ずさる。
だが逃げようとしても、足は動かせない。
その時、陽介の視界の隅に影がちらりと現れた。
集落を探していた女性、あゆみの姿だ。
彼女は数年前に失踪したという噂があった。
しかし、今ここにいる! 急いで近づこうとしたその瞬間、彼女はピタリと足を止めた。
冷たい視線が陽介に向けられる。
「どうしてここに来たの?」あゆみの声は耳に響いたが、どこか無機質だった。
陽介は彼女の肩に手を置こうとしたが、その手は虚空を掴むように消えた。
彼女は次第に消えかけ、ただ影だけがそこに残っていた。
信じられない光景を目の当たりにして、陽介は堪えきれずに後退った。
「あゆみ!」彼は叫び、思わず扉へと向かった。
しかし、足音が今度は彼の背後で大きく響く。
不気味な声が耳元でささやく。
「帰れないよ…」
恐怖に駆られた陽介は必死に扉を開こうとしたが、鍵がかかっているかのように動かない。
頭の中は混乱し、心臓が爆発しそうだった。
何度も扉を叩くが、その音はどこかから響き返るだけだった。
その時、彼の視界に再びあゆみの姿が現れた。
「足音は私のもの、でもあなたは集の住人になったの」と彼女は微笑みを浮かべながら言った。
陰の中からは、不気味な影が次々と現れ、陽介を取り囲む。
「私たちはここで永遠に一緒にいるのよ。」
家の中の空気がさらに重くなり、彼の頭に恐怖が満ちていく。
次第に陽介の感覚は曖昧になり、彼はその影たちに引き寄せられていった。
「お願い、助けて…」と叫んでも、その声は誰にも届かなかった。
彼の目にはあゆみの影が最後まで残り、まるで彼を嘲笑うかのように揺れていた。
ついに陽介は暗闇の中に飲み込まれた。
村人たちはこの日以降、彼を見かけることはなかった。
夜になると、集の家からは今でも足音が聞こえてくる。
それは彼が今、自ら選んだ運命を歩むための音なのだろう。