「影の軋み」

青木翔太は、日が暮れると不気味な静けさに包まれる小さな町の外れに住んでいた。
彼はいつも仕事帰りに使う道を通り、一人で帰宅するのが日課だった。
その道は、年老いた木々が並び、周囲には人家もまばらで、特に夜には不気味な雰囲気が漂っていた。

ある夜、翔太は仕事の残業が長引いたせいで、いつもより遅く帰ることになった。
薄暗く、街灯の光がかすかに道を照らすだけの中、彼は不安感を抱きながらも帰路についた。
その道を進むうちに、翔太は後ろから「キィィィ」と何かが軋む音を聞いた。
振り返ると、何もない。
冷たい風が吹き抜けただけだった。
彼は気のせいだろうと思い、再び歩き始めた。

しかしその後も、何度も耳に入ってくるその音を無視することが出来なかった。
徐々に不安が募り、翔太は加速をかけて道を進んだ。
だが、足音が近づくような感覚が彼を襲った。
彼は息を呑み、心拍数が上がるのを感じた。
気になって後ろを振り返ると、そこには黒い影が立っていた。

その影は何か異様で、まるで人の形をしているように見えたが、ぼやけていてはっきりとは見えない。
翔太は恐怖に駆られ、全速力で逃げようとした。
しかし、影は急に近づいてきた。
「待って!」というか細い声が聞こえたが、その声は翔太の心に強く刺さった。

その瞬間、彼は道路が異様に歪んでいることに気づく。
道の真ん中には、不自然に目立つひび割れがあり、その先にはまるで過去の光景が映し出されるように、古い町の姿が浮かび上がっていた。
翔太は恐怖を抱きつつも、好奇心に駆られ、足を止めた。

そこから彼が見たのは、30年前の町の風景だった。
子供たちが遊び、大人たちが談笑する姿が見えた。
その風景は生き生きとしており、彼の日常とはまるで異なる色鮮やかさを持っていた。
しかし、翔太はその幸福な姿が一瞬にして変わるのを感じた。
彼は突然、後ろの影がその古い町に引きずり込まれていくのを見た。

「翔太、助けて…」影が呼ぶ声は、まるで彼の過去の記憶から蘇ったようだった。
翔太は心を締め付けられるような思いを抱え、どうしてもその影を見過ごすことはできなかった。
彼は懸命に影に手を伸ばしたが、その瞬間、強烈な痛みが腰を突き刺した。
何かに引き裂かれる感覚が彼を支配した。

翔太は意識を失いかけながら、自分がいる場所を確認した。
彼は再び現在の道に立っていたが、身体が重く感じ、視界がぼやけていた。
ふと振り返ると、影がもう一度こちらに向かってくるのが見えた。
「私を呼んだのは、あなたなの?」声が耳に響く。

彼は恐怖に震え上がり、逃げることもできなかった。
翔太はその影が持つ手が、自らの身体を引き寄せようとしているのを感じた。
何か自分の身に起こったのか?彼は思考がまともに働かないまま、その場で立ち尽くしていた。

「帰ってはいけない場所なのかもしれない…」彼の頭に閃いた。
一瞬、自らの家族のことが頭をよぎった。
彼らはどれだけ心配しているだろうかと。
翔太は腰を落ち着け、自分を取り戻すことを決意した。
その時、影が彼の前に立ち、無表情でこちらを見つめていた。

「私を忘れないで。あなたの心の一部だから…」影はつぶやいた。
その言葉が翔太の心に深く刺さり、手が伸びる。
彼は叫んだ。
「離れろ!俺は帰るんだ!」

その瞬間、暗闇が彼を包み込み、耳をつんざくような音が響いた。
翔太は目を閉じ、心の底から叫ぶ。
こんなところに捕らわれてはいけない。
目を覚ますと、彼は路面の脇に倒れていた。

それからは何事もなかったかのように、翔太は無事に帰宅した。
しかし、心の奥底にはいつも過去と現在が交錯する感覚が残った。
一度、道を通ったはずなのに、彼の身に起こった出来事は、まるで夢の中の出来事のように思えた。

毎晩帰宅するたび、道の真ん中で再びその無情な影に会うかもしれないと思いながら、翔太は一人、静かに心の中で呟くのだった。
「あの影は決して忘れさせてはくれない」と。

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