村上健二は、忘れ去られた村の小道をゆっくりと歩いていた。
長い年月が経った今では、人々がその存在すら忘れてしまったかのような場所である。
辺りには枯れた草と静寂が広がり、彼は静かな時間の中で自分自身を見つめ直そうと思っていた。
再び訪れたこの村は、彼の心の奥底に潜む思い出の影を呼び起こし、何か重要なものを思い出させるような感覚に彼を包み込んだ。
子供の頃、祖父にこの村の話を聞かされたことを思い出す。
かつて賑わった村が、ある日突然静寂に包まれた理由。
人々は様々な理由で去っていき、残されたのは物だけだった。
健二は、村の中心に位置する古びた神社に足を運ぶことにした。
朽ちた鳥居をくぐり、奥へと進むと、神社の境内には古い石の祭壇があった。
その上には、かつて賑やかだった村の人々が供えていたであろう、物が散乱していた。
彼はその光景に心を打たれ、自分が忘れていたかつての地区の人々の存在を思い起こさせられた。
突然、彼の目の前で、木の影が動いたように感じた。
驚き、身を引く彼に、影は何かの物体へと変わり、その姿が明確に見えてきた。
それは古びた木の箱だった。
健二の心は引き寄せられるように、その箱へと近づいていく。
彼は、その中に何が入っているのかを知りたくてたまらなかった。
箱を開けると、中には古い人形が入っていた。
それは一見、可愛らしいものでありながら、どこか不気味な魅力を放っていた。
目は黒く、異様に深い闇を湛え、彼を見つめ返すように感じた。
その瞬間、彼の心の中にかすかな警告が響いた。
「触れてはいけない」と。
だが、不思議とその人形に触れたくなる衝動が湧き上がり、健二は指を伸ばして人形に触れてしまった。
次の瞬間、彼は自分の周囲が変わっていくのを感じた。
まるで時間が遅れ、薄暗い影が彼の周りに集まってきた。
人形が彼の手の中で震え、周囲にはかつて村に住んでいた人々の影が現れた。
彼は恐怖に駆られた。
影たちの顔はどれも哀しみに満ちていて、彼に向かって無言で訴えているようだった。
その表情には、何か訴えかけるものがあった。
思い出させられる彼自身も、彼らを見つめ返すことができなかった。
影の中で一人の女性の姿が際立っていた。
彼女はかつて村で生きていた人であり、今ではただの影となっていた。
彼女の目は、深い悲しみを秘めていると同時に、健二を見つめるその視線は強い意志を持っていた。
彼が再び村を思い出し、彼らを記憶に留めるように、無言の呼びかけをしているようだった。
その時、健二は一瞬の中で彼らの心に響く声を聞いた。
「私たちを忘れないで」。
彼の心には、祖父から聞いた村の物語が鮮明に甦り、彼がこの村に来た理由を理解した。
忘れ去られた村とその人々の記憶は、彼の心の中で生き続ける必要があるのだと。
その瞬間、影たちは一瞬明るく輝いた後、再び暗闇に吸い込まれていった。
健二は人形を元の箱に戻し、その箱を優しく閉じた。
物語は終わったわけではない。
かつての村の存在は、彼の心の中にしっかりと刻まれ、忘れ去られることはないだろう。
彼は静かに神社を後にし、影たちが彼の記憶の中で生き続けることを約束した。