深夜、静まり返った町の片隅に、ひっそりと佇む古びた住宅があった。
そこに住むのは、34歳の佐藤健一という男である。
彼は長らく独身で、仕事に明け暮れる毎日を送っていたため、友人は数えるほどしかいなかった。
ある晩、彼はいつも通り仕事から帰宅した。
疲れ切った身体を引きずり、家のドアを開けた瞬間、何かが彼を迎えた。
その日は特に静かで、いつもなら聞こえる近所の音や車の往来もなかった。
健一は何かが変だと感じ、それを振り払うようにリビングに入った。
すると、彼の目に飛び込んできたのは、家の中に散らばる無数の小道具だった。
いつもは整頓されているはずの部屋が荒れ果て、まるで誰かに侵入されたかのような惨状だった。
彼はバタつく心を抱えつつ、周囲を見渡した。
その時、視界の隅にちらりと動く影に気づいた。
慌てて振り向くと、そこには特に何もない。
まるで彼の心の中に潜む不安が具現化したかのようだ。
少し不安を感じながらも、すぐに帰宅後のルーチンを行い、ソファに腰掛けた。
テレビをつけるが、画面には何も映らず、ただノイズだけが響いた。
その日は静か過ぎて、ついには不気味なまでの真っ暗な影に包まれてしまった。
健一はその晩、眠ることができなかった。
ドアの近くから、微かな音が聞こえてくる。
ゴトン、ゴトンという低い音が、時間を経るごとにさまざまな方向から聴こえてくる。
それは徐々に近づいて来た。
翌朝、健一は不安を抱えたまま仕事に出かけた。
しかし、仕事中にもその影が頭の中をちらつき、注意が散漫になってしまった。
彼は思わず、同僚の田中に相談してみた。
「最近、うちの家の中で変な音がするんだ」と言った。
しかし田中は笑いながら、「疲れすぎなんじゃない?」と返答した。
健一はその言葉に少し安心した反面、家に帰る不安が増していた。
帰宅する頃になると、心臓の動悸が激しくなり、家の前に立つだけでも恐ろしさを感じていた。
なんとか自分を奮い立たせ、ドアを開ける。
すると、目の前にあの影が待っていた。
その姿は人間の形をしているようだったが、顔は見えない。
佐藤は恐れを抱えながらも、「誰だ!」と大声で叫んだ。
しかし影は無言で、徐々に近づいてくる。
健一は逃げるように、奥の部屋へと逃げ込んだが、後ろから笑い声が聞こえる。
「一緒に遊ぼうよ」とその声が響いた。
その瞬間、彼は体が重く感じ、動けなくなった。
そのまま彼は意識を失った。
気がつくと、目の前には彼の知っているはずのない廊下が続いていた。
そこには、彼が心の奥底に閉じ込めていた恐怖や不安が形を成して、無数の無表情な顔となって並んでいた。
健一はその光景に呆然としながらも、本能的に逃げようとしたが、身体が言うことをきかなかった。
「さあ、私たちの仲間になろう」と先ほどの声が聞こえる。
周囲の無数の顔が、一斉に健一を見つめ、微笑む。
それに触れてしまったら、自分もその仲間になってしまう。
健一は必死に心の中で叫んだ。
「助けてくれ」と。
しかし、その声は誰にも届かないまま、求めるものはただ笑い声だけだった。
「一緒に笑い続けよう」と、彼の中に響くそれは、最早逃れようのない運命を告げていた。
彼の意識は徐々に失われていった。
人々との温かい交流を忘れ、恐怖と狂気に包まれた彼は、永遠にその影の中で笑い続けることになるのだった。