深夜の街は静まり返り、月明かりだけが道を照らしていた。
そんな中、名倉梨花(なぐら りか)は、友人と共に古びた神社を訪れることにした。
彼女たちは、夜の神社が持つ独特の雰囲気に惹かれ、少しばかりの好奇心を抱いていた。
神社の周りには、古い木々が生い茂り、普段の喧騒を忘れさせるような静寂が広がっていた。
神社に足を運ぶと、梨花はすぐに異様な空気を感じ取った。
友人たちは何気なく笑いながら、境内を歩き回っていたが、彼女の心の中には、何かが潜んでいるような不安がよぎった。
そうしていた時、梨花はふと神社の奥にある古い祠に目を奪われた。
「ちょっとあそこの祠、見に行こうよ」と一人の友人が誘ったが、梨花はなぜかそれに乗り気になれなかった。
「あー、なんだか行きたくないな」と言ったが、友人たちはすでに興味を示していた。
「大丈夫だって!一瞬だけだよ!」と、その中の一人が言うと、彼女たちは梨花を無理やり引きずって祠の前につれて行った。
そこには、薄暗く、埃にまみれた神像があった。
梨花は無意識に手を合わせ、目を閉じた。
「何もないことを祈ろう」と心の中で願った。
その瞬間、不気味な風が吹き抜け、周囲の木々がざわめき出した。
「どうしたの?急に静かになったね?」友人の一人が尋ねると、梨花は明らかに怯えた表情を浮かべていた。
「うん…なんだか変な感じがする」と答えると、彼女の心に、冷たい声が響き始めた。
「ここにいてはいけない」
梨花はその声に従うように感じたが、友人たちが興奮している様子を見て、動けなかった。
すると、急に空気が重くなり、神社全体が異次元に引き込まれるような感覚に襲われた。
友人たちもその異変に気づいたが、まさかの事態に戸惑うばかりだった。
「これ、もしかしてほんとうに怖い話に巻き込まれたのかも」と友人の一人が呟くと、梨花はその言葉に心を痛めた。
彼女はその瞬間、祠の奥から何かが這い出てくるのを見た。
黒い影が、じょじょに形を成していく。
「逃げなきゃ!」と心の中で叫んだものの、体は動かなかった。
その影は、異様な感覚を伴って梨花の近くへ迫ってきた。
彼女の視線がその形に捉えられ、目の前で今にも彼女に触れようとしていた。
周囲の世界が揺れ、彼女はその場から引き離されるように感じた。
まるで現実と夢の間を漂っているようだった。
「梨花、早く逃げて!」友人の一人が叫ぶと、その声が彼女を現実に引き戻した。
しかし、逃げ出す前に、影は彼女に触れ、ほんの一瞬の間に何かを奪ったように感じた。
その瞬間、梨花の心の中に不安と恐怖が広がり、彼女の記憶が薄れていくような感覚を覚えた。
「もう、戻らない。ここには戻れない…」声が次第に弱まり、友人たちの姿が遠のいていく。
梨花は冷たい手を感じ、視界が暗くなる中で自分の存在が消えていくのを感じた。
何が起きたのか、実体を持たない留まらぬ想念の中で、彼女はただその場に立ち尽くしていた。
目の前の世界が次第にぼやけ、彼女はあることに気がついた。
彼女はもう現実の世界にはいない。
あの日の神社は、彼女の記憶の中にだけ存在し、そこにはもう友人たちの姿も、明るい笑い声もない。
梨花は影と共に永遠にその場所に留まるのだ。
彼女の心は静まり、ただ静寂が広がる。
夢と現実の間に迷い込んだまま、梨花は元いた世界の記憶を失いながら、異次元での静かな暮らしを強いられていることを、決して知ることはなかった。