「影の教室」

学校の校舎は、誰もが忘れがちな、ひっそりとした場所だった。
特に古い建物の裏手にある一室は、誰も近づこうとしなかった。
その理由は、昔、この校舎で抱かれていた悲しい事件に由来する。
生徒たちは、あの部屋で“命”を絶った者がいるという噂を恐れていた。

抱(いだき)という名前の男子生徒は、その噂を聞いたことがあったが、彼は不思議と興味をそそられる感覚を抱いていた。
好奇心から、ある日の放課後、彼はその一室を訪れることにした。
薄暗い廊下を進むにつれて、彼の心臓は高鳴り、足が少しずつ重く感じられた。

「ここだ……」抱は息を呑み、古びた扉に手をかけた。
扉がきしんで開くと、そこには学校の教室とはまるで異なる光景が広がっていた。
机や椅子が乱雑に置かれ、何年も誰にも触れられなかったような埃が積もっていた。
空気が重く、彼の胸に圧し掛かるように感じられた。

彼は恐る恐るその部屋を調べ始めた。
その瞬間、背後でドアが自動的に閉まる音が聞こえた。
驚いて振り向くと、すぐに目の前に何かの気配を感じた。
薄暗い部屋の隅に、影のようなものが立っていた。
それはまるで女の子の形をした影だった。
抱は心臓がドキドキするのを感じたが、思わず声をかけてみた。

「あなたは、誰?」

影はゆっくりと近づいてきた。
彼女の姿は霧の中から浮かび上がるように現れ、まるで現実とは別の世界から来たように見えた。
彼女の目は、過去の記憶を語るようにどこか悲しげだった。

「私は、ここにいる理由があるの。命を絶たれた人の影。あなたは、どうしてここに?」

抱は少し怯えながらも、彼女に引き寄せられるように感じた。
彼はその話を続けた。
この場所がいかに恐れられているかを響かせ、彼女の答えを待った。

「彼の名前は、仲村(なかむら)。彼も私と同じように、ここで命を落としたの。多くの生徒が彼を笑い者にして、それが彼を追いつめた。私もその時、彼のそばにいたの。でも、誰も助けてくれなくて……」

抱は心が苦しくなった。
仲村のことを知っていたクラスメートが彼に言っていたことを思い出す。
彼に何が起こったのか、そしてその悲しみを聞きたいと思った。

「私たちはここにいる。私が彼を抱きしめたあの日、彼は逃げられなかった。私の力が及ばなかった。あなたには、彼を救う機会があるかもしれない…」

その途端、部屋の空気は変わり、抱は異様な冷たさを感じた。
部屋が揺れ、影が彼を吸い込むように迫ってくる。
“命”の気配を強く感じる。
彼は逃げようとしたが、出口は閉ざされたままだった。

「あなたはここから抜け出さなければならない。仲村の苦しみを知り、彼の思いを背負って、学校の中で何が起こったのかを明らかにして!」

抱は、影の言葉の重みを感じ取った。
彼は決意を固め、仲村の過去を知るために学校の歴史を調べ始めた。
その努力はやがて実を結び、彼は多くの生徒たちが知らなかった仲村の物語を解き明かした。
そして、彼は仲村に対する謝罪や理解をクラスで話し、学校全体の意識を変えるために尽力した。

抱がその後も努力を続けたことで、ようやく学校の空気が変わり、影の女の子も少しずつその存在を薄めていった。
そして、彼女は最後に、抱に再び微笑むと、静かに消えていった。
彼は彼女の深い悲しみを受け止め、同時に仲村の命の重みを理解したのだった。

彼の行動が、あの部屋の呪いを解き放つことにつながった。
そして、それ以来、誰もが恐れることのなくなったあの一室は、今や静かに語りかける場所として、命の大切さを思い出させる場所へと姿を変えていった。

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