「影の折れた心」

静かなホスピタルの廊下、じっとりとした湿気が漂い、薄暗い待合室には誰もいない。
冷たい白い壁が、不安を呼び起こすように目の前に迫っていた。
ここは心療内科、診察を受けるために集まる患者たちが何かしらの理由でこの場所に足を運ぶ。
彼らの多くが抱えるのは、心の奥に潜む「怪」なるものだった。

その日、佐藤真由美は痛みを抱えた心の傷を癒すため、治療を受けることを決めた。
真由美は普段は明るく振舞っていたが、内心では孤独と不安に苛まれていた。
特に、幼い頃の家庭環境が原因で、彼女の心には「い」という言葉が常にどこかに隠れているような感覚があった。

彼女が診察室に入ると、担当の医師は静かに彼女を迎え入れた。
長い髪を束ねた白衣の医師は淡々とした口調で、彼女の心の中に潜む折れた思いについて語り始めた。
「あなたの故郷には、被災地があったと聞いています。そこからくる罪悪感を抱えていませんか?」

その言葉に真由美は一瞬言葉を失った。
彼女は内心では、家族を残して孤独に生きていること、自分だけが生き残ったことへの申し訳なさを抱えていた。
これが心の「折」り合いがつかない理由だと感じた瞬間だった。

治療が進むにつれ、真由美は精神的に少しずつ解放されていくが、同時に心の奥深くに潜む「怪」が姿を現してきた。
夜に訪れる夢の中で、彼女は幼少期の未来を見せられるような体験をした。
それは、彼女が幼い頃に目撃した自分そっくりの少女だった。
夢の中のその子は、いつも泣いていて、何かを訴えかけてくるような眼差しを向けていた。

夢から覚めると、彼女は不安感に襲われた。
自分の心に潜む過去の影が、自分自身を脅かすように思えた。
在りし日の痛みや恐怖が次第に現実のものとして感じられ、真由美はその影響を受けながら日常生活を送ることができなくなってしまった。

ある晩、真由美がうなされるように目を覚ますと、部屋の隅に小さな影が立っているのに気づいた。
目が合った瞬間、彼女はその影が自分の幼少の頃の姿であることに気づいた。
影は薄暗い部屋の中で、彼女をじっと見つめていた。
真由美は恐怖に駆られ、なんとか声を絞り出した。
「あなたは誰?」

すると、その影は声を発した。
「助けて、私を忘れないで」と。
真由美は自分の記憶が折れてしまったことを理解した。
彼女はその影を否応なく受け入れ、複雑に絡まった感情を解きほぐすことを決意した。

翌日、真由美は再び医師の元を訪れ、全てを語ることにした。
幼少期のトラウマや、忘れていた感情、影との対話について。
彼女はそれを語ることで、心の奥に閉じ込めていた「い」を解放し、少しずつ自分を許すことができるようになった。

どんなに強烈な過去でも、向き合うことで心は成長できると実感した。
徐々に、真由美の心の中の「怪」が薄れていき、彼女の背後にあった不安は取り払われていく。
そして、彼女は日の光を浴びながら、ホスピタルから外の世界へと足を踏み出す準備を整えた。

その日、彼女は新たな一歩を歩み始めた。
辛い過去と向き合ったことで、折れた思いが少しずつ癒されていくのを感じていた。
真由美は過去を支えにしながら、これからの未来を本気で生きることを誓ったのであった。

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