静かな町の片隅にある、古びた高層マンション。
その屋上には、住人たちが立ち入らない「し」っかりとした扉があった。
この扉には、住人たちの間で語られる怪談がひとつあった。
「あの扉を開けてはいけない。そこには、心に潜む恐怖が待っているのだから」と、何度も耳にする言葉だった。
ある日、大学生の佐藤は友人の長谷川、山田とともに、肝試しをすることに決めた。
幾度となく語られたこのマンションの怪談をものともせず、むしろ興味をそそられた彼らは、屋上へ向かうことにした。
夜の風が吹く中、彼らの心は期待と緊張で高鳴っていた。
「さあ、行くぞ!」と長谷川が声を上げ、彼らはついにエレベーターで最上階まで上がった。
扉の前に立つと、ぞくぞくとした冷気が背筋を走る。
山田がためらい気味に、「本当に開けるの?」と尋ねる。
だが、もう後には引けない。
佐藤は決意を固め、扉に手をかけた。
その瞬間、低い音のような声が聞こえた。
「開けないで…」まるで誰かが、懇願しているかのようだった。
しかし、彼らはその声を気にせず、扉を押し開けた。
目の前には薄暗い空間が広がっていた。
廻りの与えられた明かりでは何も見えない。
恐る恐る一歩を踏み入れると、風が吹き抜け、突然部屋の空気が重くなる。
屋上の空間は何故か広がっているようだった。
違和感を覚えつつ、彼らは中央にあった古びた椅子に目を向ける。
それはまるで誰かを招くかのように静かに佇んでいた。
佐藤が近づくと、そこには一枚の古い写真が置かれていた。
写真には、微笑む女の子とその背後に立つ男の姿が写っていた。
その二人の表情には、どこか不気味さが纏っていた。
「この写真…誰か分かる?」と山田が言った。
しかし誰も思い当たる節がなく、しばらくの沈黙が流れた。
すると、またしてもあの声が聞こえた。
「隠してはいけない…」佐藤は背筋が凍りつく思いだった。
しかし、その声は彼らの心の奥底に響き渡り、視界がくもり始めた。
その時、長谷川が突然、何かに怯えたように目を丸くして言った。
「見て! あの写真の後ろに…」彼が指さした先には、カーテンの隙間から差し込む月明かりの中に、薄い影が映っていた。
影は白いドレスを着た女性の姿だった。
悲しげな瞳が彼らをじっと見つめている。
心の奥に潜む恐怖が湧き上がり、山田は叫んだ。
「出よう!もう戻ろう!」しかし、扉は閉じられたままで、彼らは逃げ場を失ってしまった。
影は徐々に近づいてくる。
佐藤は必死に思い出そうとした。
彼は耳元で聞こえた「隠してはいけない…」という言葉の意味を、どうしても理解できなかった。
やがて、影が彼らに手を伸ばし、「廻りなさい…」と呟いた。
その声は無数の東京の雑音に紛れ、一瞬の静寂が訪れる。
影に触れた瞬間、彼らはその女の子の記憶の中に引き込まれてしまった。
見知らぬ風景と懐かしい感情が交錯し、心の輪廻が始まった。
「何が隠されているの?」彼らは問いかけるが、影からの返事はなかった。
佐藤は心の奥で何かを感じ始めた。
それは悲しみであり、失った過去の痛みだった。
長谷川と山田も同じように感じているようだった。
数時間後、彼らは急に扉が開く感触を得た。
急いで屋上を後にしたが、彼らの心にはあの影の女性の視線が残っていた。
マンションに戻り、日常の雑踏の中で彼らは忘れ去ることができたが、心の底であの怪談が生き続けた。
それから数日後、長谷川は何度も夢でその影に襲われ、佐藤もまたその女の子の悲しみを感じながら目覚めるようになった。
彼らは「心の中に潜む隠れた真実を暴くことが、どれほど恐ろしいか」を知ることになった。