「影の囚われ」

ある夏の暑い日、進藤健太は友人たちと共に地方の小さな展示館を訪れた。
展示されているのは、古代の遺物や民間伝承にまつわるアイテムばかりで、特に「魔除けの呪具」と呼ばれるものが多く目を引いた。

その中でも、ひと際異彩を放っていたのは、何世代にもわたって受け継がれてきたという「逃の呪い」と名付けられた呪具だった。
目に見えない力を持つと言われ、呪いにかけられた者は決して逃げることができなくなるという。
この呪具の近くには、古書が置かれており、その内容は警告めいたものだった。
「触れるな。触れた者は、自らの影から逃げられなくなる」といった注意喚起が書かれていた。

健太はその説明を読みながら、小さな興味を持った。
しかし、友人たちは言葉を交わしながら興味をそそられ、健太もその輪に加わっていた。
心のどこかで恐れを抱きながらも、彼はその呪具に向かい、手を伸ばした。

皮膚が触れた瞬間、冷たい感触が指先を走り抜け、何かが彼の心に響いた気がした。
その時、周囲の空気が重くなり、何かが変わったと感じた。
友人たちとの会話が急に途切れ、展示館の照明も一段と暗くなった。
恐れと気味悪さが混じり合い、背筋が凍った。

健太はその場から離れようとし、友人たちに振り返ったが、彼らの顔はすでにどこか遠くにあるように思えた。
目の前に立つ友人たちが一瞬にしてぼやけ、ゆらゆらと消えていく様子に驚愕した。
声をかけても、返事はない。
ただ、彼らの表情は恐怖に満ち、彼をまるで逃がさないように無言で睨んでいるようだった。

その時、健太の目にあるものが飛び込んだ。
それは、まるで彼の足元にまとわりつく影のようだった。
明らかに自分のものではない、しかし彼の影と同じ形をしているようにも見えた。
逃げようと思っても、動けない。
まるで呪いにかけられたかのように、彼はその場に立ち尽くしていた。

恐怖の中、彼は思い出した。
展示館にある書物に書かれていたことを。
逃の呪い。
影から逃げることができない。
進むはずの道がどこか不明で、立ちすくむことしかできなかった。

その時、ギシギシと音を立てる木の扉が開き、白髪の老人が現れた。
「触れてしまったか」と言いながら、老人は健太の近くに立った。
彼はその声で、不思議な力を持っているように感じた。
老人は続けた。
「逃の呪具は、触れた者を呪い、影から逃げられなくさせる。逃げたいならば、自らの影に目を向け、対峙しなければならない。」

健太は動けずに立ちつくしていたが、老人の言葉は彼の心に何かを呼び起こした。
自身の影と向き合うことで、何かが変わるという感覚が芽生えてきた。
彼は意を決し、目を閉じて自分の影を感じることに集中した。

その瞬間、影の中に潜んでいたものが見えた。
暗闇から這い出て、彼に迫るように近寄ってくる。
自身が抱える恐れや不安、逃げ出したい気持ちが具現化されたように感じた。
健太はその影に語りかけた。
「私を束縛するのは、お前じゃない。私は逃げない。」

彼の声が響き渡ると、影は次第に静まり返り、彼の意志を受け入れるように姿を変えていった。
彼は影を受け入れ、同時に逃を解放した。
友人たちの姿が戻ってきて、健太は驚きを隠せなかった。

展示館の中は徐々に明るくなり、人々の賑わいが戻ってきた。
しかし、彼の心には深い温もりが宿っていた。
影を受け入れ、自らの恐れに立ち向かうことで、彼は新たな存在へと生まれ変わったのだ。
逃の呪いから逃れられることができたのは、彼が真の自分と向き合うことによってだった。

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