夜の闇に包まれた墓地は、静まり返っていた。
月明かりがほのかに照らす墓石の影が、不気味な形を描いている。
そこに、田中宏は一人立っていた。
彼は友人の葬儀を終えたばかりで、その残された気持ちを整理しようとしていた。
友人の名は健一。
彼は多くの人に愛され、突然の死に皆が悲しみに暮れていた。
宏は墓の前に立ち、自分が果たすべき役割を再確認していた。
見えない糸で結ばれた命の儚さを痛感し、親友を失った悲しみが胸を締め付けた。
健一との楽しかった思い出が、彼の心をより一層重くのしかかる。
そんな時、彼は不意に目の前に立つ影に気づいた。
その影は、揺れるようにして立っていた。
月明かりの中、宏はその影が誰かを見定めることができなかった。
不気味な冷気が彼の背筋を走り、心臓が高鳴る。
「だれだ？」宏は声を震わせて尋ねた。
返事はなく、ただその影は微動だにしなかった。
宏は恐怖心を抑えて、再度友人を思い出そうとした。
しかし、その影が意識に入り込んでくると、何か悪い予感が心を覆った。
影が外見を変え始め、どこか健一に似た顔がかすかに浮かび上がってきた。
それはまるで、彼のあまりにも大切な友人が墓から呼びかけているかのようだった。
「助けてくれ…」その声は、健一のものであるはずなのに、どこか異質だった。
宏の心に暗い何かが広がっていくのを感じた。
もう一度、健一を失った現実を思い知らされる。
「だめだ、君はもういないんだ！」宏の声が墓地にこだました。
その瞬間、影は絡みつくように宏の肩に触れた。
冷たい感触が彼の心に恐怖を呼び起こした。
「お前が私を忘れることは許されない…」影は語りかけ、宏の記憶に健一との思い出を挿入しようとする。
宏の頭の中で、笑い声や食事を共にした時の楽しい日々が巡っていく。
一瞬、彼は幸せな気持ちに包まれたが、その後すぐに痛みが襲った。
「お前は私を失った…私を忘れないで」と影は続けた。
その声は、かつての親友の声に近いが、いまだかつてない悪意が感じられた。
宏は心の奥で感じる不穏さを表に出さないようにした。
彼はその影から決して逃げられない気がした。
影は次第に形を持った。
悪い夢のように、健一の姿をした影が目の前に立ち、宏をじっと見つめている。
「お前が私を思い出す限り、私はここにいる…」影は真実を告げているようで、同時に恐ろしい宣告のようでもあった。
宏は、その恐怖から逃れられないことを理解していた。
その夜、宏は何度も友人のことを思い出そうとした。
しかし、すぐにその影が彼に付きまとい、正常ではない恐怖と不安を与えた。
「どうしてこんなに私を追ってくる？」宏は混乱しながら、心の中をざわつかせるものを振り払おうとした。
時間が経つにつれ、宏はその影を振り払うことができず、日常生活にも影響が出始めた。
夜になると、いつもその影のことを考え、健一の思い出が彼を追いかけ続けた。
そして、彼はもう友人との思い出を抱えていることが苦痛に感じるようになった。
ついに、宏はその影と向き合うことを決意した。
墓に戻り、再び影の前に立つ。
「君はもう失ってはいけない存在だ。だから、忘れないよ。」宏は強く声を張り上げた。
その言葉が影に届いたかのように、影はじっと彼を見つめ続けた。
「それなら、私を忘れないで…」影は宙に消え、その声が幻のようにささやかれた。
宏はその瞬間、友人の存在が自分の中に深く根付いていることを感じた。
もはやそれが彼を苦しめることはなかった。
しかし、彼は二度と同じ場所には立たないだろうと心に誓った。
