護は、都会の片隅にある古びた家に引っ越してきた。
知らぬ間に形成されたこの街の一角に、彼の新しい生活が始まる。
近隣住民は、皆どこかしらぎこちない様子で彼を見つめ、そしてまるで触れないように彼から離れていった。
護は何かおかしいと感じつつも、気にせず日々を過ごしていた。
ある日、彼は近くの公園で気になる噂を耳にした。
「この街にはかつて、ある事件があった。その夜、急に何かが起こり、数人の人々が姿を消してしまった」という話だ。
興味を持った護は、周囲の人々にその件について尋ねてみたが、誰もが話を避けるような反応を見せた。
ますます疑念が深まった。
数日後、護は出かけるために玄関を開けた。
外は静まり返っており、空気が重苦しい。
彼はふと、足元に何かがあることに気づいた。
古びた手紙だった。
なぜか、これを無視できず、護はその手紙を拾い上げる。
紙が黄色く変色し、長い間放置されていたことがひと目でわかる。
興味本位で中身を読み始めると、不気味な内容が書かれていた。
「ここに来た者は、急に何かに取り憑かれる。影に囚われ、時が止まる。」その言葉が彼の心に波紋を広げた。
怖くなり、彼はその場を離れようとしたが、背後から冷たい風が吹いてきて、何かざわざわしたものを背中に感じた。
「今すぐに出ろ」と心の中で叫ぶように思った。
次の瞬間、護は気づくと道を歩いていた。
周りには何もない。
街灯もなく、ただ真っ暗な空間が広がっている。
彼は振り返るが、何も見えない。
静寂が彼を包み込み、不安が押し寄せる。
心臓が高鳴り、次第に恐怖が彼を包囲し始めた。
どれくらいの時間が経ったのか、彼には記憶がなくなってしまっていた。
「私の名前を呼んで！」という声が突然響き渡り、護は驚いて立ち止まった。
周囲を見渡しても誰もいない。
再びその声が響く。
「私の助けが必要！」護は本能的にその声に引き寄せられる。
声は一層大きく、切実な響きで彼を呼ぶ。
護はその声を辿って走り出した。
それはまるで吸い込まれるように、どんどん深い闇へと進んでいく。
恐怖を覚えながらも、彼はその声の主を求め、ただ前に進み続けた。
目の前に、その人影が姿を現した。
薄暗がりの中に立っているのは、女性の姿だった。
「お願い、助けて」と言いながら彼女は前に進み出た。
護は彼女を見つめると、その目にはどこか懐かしさがあった。
「あなたは……」護はすぐに思い出した。
引っ越す前に、夢の中で何度も出会った女性だ。
彼女はひどく悲しそうな顔をして、護に手を伸ばしている。
「私をここから出して欲しいの」と彼女は涙を流しながら言う。
護は自分の心に何かが響くのを感じた。
彼女は、この街に囚われてしまった存在であることが理解できた。
「一緒に出よう」と護は強い意志で声を発した。
すると、彼女は微笑み、護の手を取った。
そして二人は一緒に走り出した。
走るごとに周囲の暗さが薄れていき、明るい道が見えてきた。
やがて出口が見え、二人は一気にその明るさに飛び込んでいった。
次の瞬間、護は実際の自宅の扉の前に立っていた。
どうやら戻ってこれたらしい。
汗が噴き出し、心臓は早鐘のように高鳴っていた。
彼は振り返り、廃墟みたいな街の景色を見渡したが、もう影は見えなかった。
護はあの女性が本当に助けを求めていたのか、彼女がこの街と関係のある人だったのか、すべてが謎のままだった。
しかし、彼の心には確かにその記憶とともに、彼女の存在が残っていた。
それからというもの、護は夜になるといつもその声を思い出す。
一度手を差し伸べた相手と、解決したい思いが今も胸に秘められているのだった。
