ある静かな町に、看護師の中村さやかが住んでいた。
彼女は忙しい日々に追われる中で、時折自分の心と向き合う時間が欲しいと思っていた。
さやかは夜勤をしているため、昼間は疲れ果てて寝ていることが多く、ほとんどの友人と疎遠になっていた。
そのため、彼女は独りでいることが多く、その孤独感は徐々に彼女の心の奥に影を落としていった。
そんなある日の夜、さやかは勤務を終え、帰宅する途中に自宅近くの古びた橋を渡った。
橋の下には流れの速い川があり、静かな夜空に星々が輝いていた。
彼女はふと立ち止まり、心の中の不安や孤独を整理する時間を持とうと思った。
その瞬間、彼女の目の前にある異様な光景が飛び込んできた。
橋の端に、その橋を支える大きな柱の影に、薄暗い影が一瞬現れた。
さやかは驚き、思わず目を凝らした。
しかし、その影はすぐに消えてしまい、まるで自分の見間違いのように思えた。
ただ、彼女の心は何か違和感を覚えた。
なぜこんな場所で影を見たのだろうか。
興味が湧いたが、同時に恐怖も感じた。
無理に立ち去ろうとしたが、足が動かない。
しばらくして、さやかの視界の端に再び影が現れた。
今度はそれが女性のような姿をしていることに気が付いた。
その影はまるで彼女を待っていたかのように、無表情で立ち尽くしていた。
彼女は身体を一歩前に進め、思わず「誰かいますか？」と声をかけた。
すると、影は微かに動き出し、ゆっくりと橋を歩き始めた。
さやかも思わず後を追った。
すると、その女性の姿は徐々に明確になり、まるで自分の過去の友人のような顔をしていた。
しかし、彼女の目は虚ろだ。
さやかは背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
そのとき、橋が揺れ、一瞬自分の足元が危うくなる。
さらに目の前の影は立ち止まり、こちらを振り向いた。
彼女は口を開いた。
声は、川の流れに飲み込まれていくようで、何を言っているのかはっきりとはわからなかった。
ただ、何かを求める、切実な思いが込められているように感じた。
さやかの心の奥で、孤独と不安が渦巻いていた。
過去の友人が、自分の心の中で助けを求めているのか、何かを告げたがっているのか、彼女はその影に向かって言葉をかけようとした。
しかし、口から出た言葉は「何を求めているの？」という疑問ばかりだった。
答えが返ってくることはなかったが、その影はゆっくりとこちらへと近づいてきた。
さやかは恐怖心が増していく一方で、心のどこかでその女性が自分を助けてくれる存在だと思った。
彼女は思わず手を伸ばし、影に触れようとした。
その瞬間、恐るべき現象が起きた。
橋がさらに揺れ、彼女の下にある沈黙の川が彼女を飲み込みそうな勢いで流れていた。
さやかは無意識に足を踏み出し、自分を支えようとした。
しかし、その影は彼女の手をすり抜け、周囲が一気に暗くなった。
次第に彼女の心の奥の孤独感が、影の姿をした存在となり、彼女の意識を飲み込んでいく。
気がつくと、さやかは自宅の布団の中で目を覚ました。
しかし、彼女の中には、あの影の求めていたものが何であったのか、理解できないままの残響があった。
彼女はこの現象を一時的な夢だと思おうとしたが、どこか心の奥に重く残っている感情があるのを感じ取った。
離れられない孤独、そしてあの女性の姿…。
その日以降、さやかは以前よりも孤独を感じるようになり、夜の街を歩けば橋のことを思い出さずにはいられなかった。
彼女は一度、またあの場所へ戻ろうかと悩んだが、自分がその影と再び向き合う勇気を持てないことを痛感した。
そして、彼女の心の中の影は、夜ごとさやかのもとへ訪れるようになった。
