ある秋の夜、ひと気のない路地にひとりの女性、佐藤絵里がいた。
彼女は仕事でのストレスを抱え、帰り道を選んでいた。
急に降り始めた雨が、冷たい空気の中を流れていく。
絵里は、普段は明るく振る舞う彼女ではなかった。
心の奥底に潜む罪の意識が、重たい足取りの理由だった。
彼女は数ヶ月前、同僚の田中の不正を見て見ぬふりをした。
その日は、田中が会社のお金を使い込んだことが発覚する直前の日だった。
彼の周りには彼を助けようとする仲間が大勢いる。
絵里は、彼に対する疑念と、その背後にいる彼女の良心の声に悩まされていた。
結果、田中はその事実が明るみになり、会社から解雇された。
絵里はその瞬間から、罪の意識に苛まれ続けている。
路地を進む絵里の目に、ぼんやりとした光が映った。
光の正体は、1本のろうそくだった。
その周囲には黒い布で覆われた人影が座り込んでいる。
心臓が高鳴り、何か不気味な予感が彼女を包んだ。
近づくにつれて、彼女はその人影がどこか異質であることに気がついた。
何かが彼女を引き寄せる感覚。
「あなた、罪を背負うのね」と、黒い布の中から静かに声が聞こえた。
それは女性の声であり、どこか悲しげな響きを持っていた。
絵里は恐怖と不安が交差する中で、「はい」と答えた。
彼女はこの瞬間に、自らの罪を認めることで、少しでも楽になれるのではないかと思ったのだ。
すると、路地は突然暗くなり、周りの景色が歪んで見えた。
女性はにやりと笑い、ろうそくの火を一層強く揺らめかせた。
「心の傷、癒してあげる。けれど、代償が必要よ」と言った。
絵里にはその意味がわかった。
彼女は心の隙間に潜んでいる罪の意識を、他者を巻き込む代償として引き受けることを求められているのだ。
周囲の空気は一瞬で重くなり、絵里は喉が渇くような感覚に襲われた。
過去の姿が遠のいていくのを感じ、彼女は恐怖の中で自分を縛りつけられていると理解した。
女性の目の前に、空に浮かぶ無数の赤い光が現れた。
それは、絵里が選ばなかった無数の未来を示していた。
彼女はその光の中に、田中の姿を見た。
彼は悲しげな目をして、絵里に何かを訴えかけている。
「私には何もできなかった」と絵里は叫んだ。
罪の意識が彼女の胸を締め付け、涙がこぼれ落ちた。
「私を癒して…」その時、女性は静かに頷き、絵里の手を優しく差し出した。
「傷を癒すのは簡単。だけど、それには自分の選ばなかった未来を一つ手放さなければならない」と言った。
絵里はその言葉を胸に刻み込み、目の前の光景がどんどん鮮明になっていくのを感じた。
辛い思い出、選べなかった道、それらが彼女の心の中で抗いながら、次第に薄れていく。
絵里は顔を上げた。
黒い布の女性が微笑む。
「罪は誰しもが持つもの。大切なのはその後、どう生きるかよ」その言葉に絵里は少しほっとし、出口のない深い路地から抜け出そうとした。
目が覚めた時、絵里は路地の入り口に立っていた。
あたりはすっかり雨が上がり、静けさに包まれていた。
心の奥の重荷は軽くなり、彼女は田中への罪悪感を少しずつ受け入れることができた。
道を進むごとに彼女は、自分の選択が罪であることを理解しながら、どうにか自分を癒していこうと決意したのだった。