「影の中の由美」

美山という名の小さな村がある。
この村は険しい山々に囲まれ、古来より神々が宿る聖地とされていた。
しかし、その美しい自然の中には、秘密が一つ潜んでいた。

村には、由美という二十歳の若い女性が住んでいた。
彼女は村の習慣や伝承について、特に山にまつわる話に興味があった。
ある日、古びた神社を訪れると、村の長老が彼女にこう言った。
「山にはお前と同じ名前の者がいる。不の霊が山でお前を待っている」

その言葉に由美は戸惑ったが、好奇心に駆られ、山の中への探検を決意した。
彼女は準備を整え、暗くなる前に山に向かった。
深い森林に入り込むと、周囲は静まり返った。
木々はまるで彼女を警告するように揺れていたが、彼女は無視して進んだ。

山を登るうちに、彼女の心の中で、不安が広がっていった。
閉じ込められたような静けさに包まれ、時折聞こえる風の音だけが、彼女の存在を示していた。
そして、しばらくすると、彼女はふと何かの気配を感じた。

振り返ると、黒い影がちらりと見えた。
由美はびくりとし、心臓が高鳴った。
その影はすぐに消えたが、確かに人がいる気配がした。
彼女の心の中に、恐怖が忍び寄った。
「もしかして、あの霊…?」

それでも彼女は先に進もうとした。
山を登るにつれて、周囲の風景は変わり、荒々しい岩や深い霧に包まれた場所へとやってきた。
「これが、村の言い伝えにあった場所なのか?」彼女は心の中で思った。

そのとき、耳元で「由美」と呼ぶ声がした。
振り向くと、そこに立っていたのは、自分のことを知る女性だった。
彼女の顔は彼女に似ていたが、どこかが違った。
無表情で、冷たく、まるで魂が抜け落ちたかのようだった。

「あなたは誰?」と由美は恐る恐る尋ねた。
「私は由美。お前の中にいる者」とその影は言った。
冷や汗が彼女の背中を伝う。
「あなたがいるべき場所はここではない」とその影は続けた。
「でも、お前はここにいる。私に気付くことを選んだ」

由美は恐れと混乱に包まれながら、自身の記憶が次々と甦るのを感じた。
かつての事故、友人たちとの楽しい時間、そして不意に失った愛。
自分の中にある後悔が、山の中の影と共に浮かび上がる。
「これが私の恐れ? 私が忘れようとしていた全て?」

影はにやりと笑った。
「忘れるな。お前はその選択をしなければならない。忘れるか、向き合うか」その言葉に由美は動揺したが、同時に決意も芽生えた。
「私は、もう逃げない。向き合う」と言い放つ。

その瞬間、霧が晴れ、山の美しさが目の前に広がった。
しかし、影はまだそこにいた。
「お前は私を選んでしまった。もう後戻りはできない」と影は叫ぶ。

由美は振り返り、山の頂を見つめた。
「それでも、私は自分を取り戻す」と決意したその瞬間、影が消え、静寂が戻った。
彼女は一歩踏み出し、過去と向き合う準備を始める。
山は彼女を見守り、彼女は新たな自分を探す旅を再開した。

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