ある日の夜、健太は自分の体に異変を感じ始めた。
普段は意識しないような体の感覚が、次第に鋭くなり、見えない何かと繋がっているような感覚が追い詰めてきた。
彼は長時間のデスクワークからくる疲労かと思い、無理にでも気を紛らわせることにした。
だが、その時、彼の腕に突然、冷たい風が通り抜けていった。
何気なく手を伸ばすと、空気が不自然に揺らぐような感触がした。
「何だ、これ…？」健太は驚き、思わず手を引っ込めた。
しかし、その瞬間、足元からぞくりとした感覚が上ってきた。
恐怖に包まれた彼は、振り返って周囲を確認するも、何もない。
ただ静かな部屋の中で自分だけが震えていた。
その晩、健太は見知らぬ夢を見た。
夢の中の彼は真っ暗な空間に立たされ、周囲には無数の白い影が漂っていた。
透明で、微かに形を持ち、しかし明確な存在感を持たないそれらは、彼をじっと見つめているようだった。
夢の中の彼は、その影たちの中に知人たちの面影を見つけて、驚愕した。
亡くなった祖父や友人がそこにいた。
「間に合わなかった」と彼らは同時に囁いた。
その言葉が耳に残り、でも何を意味するのかは分からなかった。
目の前の影たちは笑顔で、かつどこか悲しげだった。
健太が夢から覚めたのは、明け方の光が差し込む頃だった。
しかし、彼の体には強烈な疲れが残り、夢の内容が頭から離れない。
彼は何かを見逃したような気がし、それが原因で心をざわつかせていた。
朝の光がその頭の中を明るく照らし出し、少しだけ安心させた。
数日が経つ中で、健太の体調はますます悪化していった。
すぐに感じる体の異変が、まるで彼を蝕んでいるように感じられた。
そして彼はまた夢の中であの影たちに出会った。
今度は健太自身が観察者となり、彼らがどこかへ導こうとしているのが感じられた。
「来てほしい」と彼らは言う。
しかし健太はどうしてもそれに応じることができなかった。
自分の体が持つ感覚は、目の前の影に触れることを拒んでいるようだった。
現実でも彼の周囲には常に影が付きまとい、その身体感覚はどこか物悲しくて不安を煽った。
健太は、おそるおそるお祈りを始めた。
「亡くなった人々が私をこの世界に留まらせないようお願いします」と。
彼は自らの体と影の間で揺れ動く感情に名前を付けようとしたが、どうしてもその言葉は出てこなかった。
やがて夢の中で、健太は一つの決意をします。
「私が影の中に入ってみる」と。
影の中に踏み込むことで、彼は自らの選択を知り、亡くなった人々とつながるために、すべてを捨てる覚悟を決めたのだ。
しかし、その瞬間、周囲の影は彼を拒否し、何か見えない力が彼を引き戻した。
次の日、健太は起き上がることさえできなくなった。
体も思うように動かず、意識は朦朧とし、自分の中に残された感覚がまた逆に彼を絡め取っていく。
その時、彼の心の奥から、祖父の声が聞こえる気がした。
「お前は一人ではない。選ぶべき道を見つけるのはお前だ。」
その言葉に少し勇気を取り戻した健太は、体を起こすことを決意した。
自分の体を知ることで、影と向き合うことができるのだと信じた。
そして、彼は本当にしたいことは何か、自らの心に問いかけ続けた。
亡くなった人々の思いを大切にしながら、彼は新たな希望を見出そうとした。
夢は決して終わらない、影とともに生きていく未来を選ぶことにしたのだ。
