「影の中の呪縛」

祖父の家に行くと、私はいつも強いくつろぎを感じていた。
古びた木造の家で、周囲には深い森が広がり、特に夜になると夜行性の生き物たちの声が響き渡る。
その日は、祖父の古い写真を整理する手伝いをしていると、見覚えのない一枚の写真が混ざっていた。
そこには、自分と同じ顔をした男が写っている。
私の先祖の一人だろうか?髪型や目元が確かに似ているが、彼の瞳にはどこか異様な光が宿っていた。

その夜、祖父の家の隅で、私は不安を抱えながらも眠りに落ちた。
しかし、夢の中で、私はその男に出会った。
彼はぼんやりとした姿で、まるで空気に溶け込んでいるようだったが、私の前に現れると、静かに口を開いた。
「私を知っているか?」その声は耳元でささやくように響き、心にひどい違和感を刻み込んだ。

目を覚ますと、心臓が早鐘を打っていた。
昼の光が差し込む中、私はその男の夢見たことを祖父に話した。
祖父は私の言葉をじっと聞き、やがて小さな声で「彼は家族の一員だが、呪われている」と告げた。
彼の名は「昭良」(あきよし)。
昭良は愛情深い人だったが、いつしか己の欲望に溺れ、家族と向き合うことをやめてしまった。
そして、彼はある晩、森に入っていったまま帰らなかったという。

その夜、私は森の中にいるような幻覚に襲われ、気がつくと深い闇に包まれた自分を見つけていた。
思わず足を踏み出すと、まるで誰かに導かれているかのように進んでいく。
木々の間から微かな光が漏れ、気づけば目の前には小さな祠が立っていた。
そこには、曇ったガラスの中に閉じ込められた昭良の写真があった。
彼のその笑顔には、どこか狂気じみた表情を感じた。

その時、背後から低い声が響いた。
「助けてほしい」と。
それは昭良の声だった。
この声に従うかのように心が引かれると、私は思わず「どうして?」と問いかけた。
すると、昭良はゆっくりと語り始めた。
「私の欲望が、私をこの場所に閉じ込めた。生きている者に助けを求めるが、誰も振り向かない。私だけの悪夢だ。」

恐怖心を抑えながら、私は答えた。
「あなただけの悪夢じゃない。気持ちは理解するけれど、その欲望から自由になることは大切だと思う。」その言葉が彼の心にどのように響いたのかは分からなかったが、昭良の表情は少し緩んだように見えた。

「私が忘れ去られ、今の代がこの苦しみを背負っている。だからこそ、私を思い出してほしい。私の存在を認めて、私を許してほしい」と言う昭良の声が、森の奥に響き渡った。
私はその瞬間、自分の心が彼と共鳴し合うのを感じた。
彼の欲望、孤独、悔い、そのすべてに共感した。

「私は忘れない。あなたのことを、あなたの過ちを」と、私は声に力を込めて伝えた。
瞬間、周囲の空気が和らぎ、森にわずかな光が差し込んできた。
昭良の姿は淡く消え、そして彼の言葉は、私の心に温かく染み込んできた。
「ありがとう。私は今、解放された。あなたも、己を見つめ続けてほしい。」

目が覚めた時、私は祖父の家の床の上にいた。
周囲の静けさは、あの恐ろしい夢から解放された証のように感じた。
昭良のことを忘れないために、私はその日の出来事をノートに記し続けることを決意した。
彼の歴史はもう私の中に生きているのだ。
欲望から解き放たれた記憶が、私の未来へと繋がっていく。

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