彼の名は健太。
健太は大学生で、友人の明美と翔平と共に山奥のキャンプ場に出かけた。
自然を満喫するつもりだったが、何か不気味なものを感じる場所だった。
夜が近づくにつれ、キャンプ場の周囲は次第に静まり返り、鳥の声も消えた。
「おい、あそこに行ってみようよ」と翔平が声をかける。
彼が指さした先には、古びた廃墟のような小屋があった。
しかし、二人は観光地でもないその場所に、好奇心をかき立てられるものを感じていた。
三人は興味本位で小屋の中に足を踏み入れた。
薄暗い室内には、年代物の家具や、カビが生えた本が散らばっている。
明美は「ここ、ちょっと怖いね」と呟くが、健太は無視して奥へ進んだ。
すると、突然、背後でガタッという音がした。
振り向くと、翔平が立ち尽くしている。
彼の顔は青白く、何かを見てしまったように硬直していた。
「何かいる…」と呟いた。
健太は「大丈夫だって、ただの古い木が鳴ったんだよ」と言い聞かせたが、心の中に不安が広がっていた。
その時、明美も「もう出て行こうよ」と不安を露わにした。
だが瞬間、彼らの視線の先に不気味な影が現れた。
小屋の隅に佇む白い影。
まるで人の形をしているが、目の部分は真っ黒で、何も映っていなかった。
彼らは恐怖に包まれ、動けなくなった。
「健太…」と明美が震える声を発した瞬間、影が急に近づいてきた。
次の瞬間、何かが彼らを突き飛ばすように押しやった。
健太は小屋の扉へと必死に走り、振り返ると影は消えていたものの、彼の体は緊張から解放されない。
外に出た三人の息は乱れ、暗闇に囲まれているのを感じる。
明美は「もう帰ろう、本当に帰ろう」と言い、翔平も頷いた。
彼らはすぐにキャンプ場のテントに戻り、出来る限りの安全を求めた。
夜が深くなり、焚き火の明かりだけがちらつく中、健太は先程見た影のことを忘れられずにいた。
しかし、周囲は静まりかえっていて、不安感が募るばかりだった。
彼は「もう一度小屋に行こう」と提案したが、明美と翔平は拒否した。
その晩、健太は夢の中で再びその影と出会う。
彼は影の黒い目に引き寄せられ、忘れられた記憶が浮かび上がる。
「犠牲を求めている」と誰かの囁きが耳に残る。
目が覚めた瞬間、彼は恐怖で全身が震えた。
翌朝、キャンプ場に戻ると、健太はまだあの影が自分を追っていると感じた。
しかし、明美と翔平は、特に何もなかったの如く普通に振る舞っていた。
「あ、今日帰る準備しよう」と翔平が提案すると、明美も賛成した。
だが、健太は彼らの様子がどこかおかしいと思った。
彼の目には、友人たちの後ろにすでに影があるように映っていた。
いつの間にか彼を襲ったあの影は、今や彼の友人たちの中に巣食っているのだろうか。
「おい、明美、翔平。二人、どうしたんだ?」健太は心配になり、声をかける。
しかし、二人は振り返ることなく、ただ一歩ずつ進んでいく。
その瞬間、健太は理解した。
連れ去られたのは自分だけで、友人たちはあの影と共にあることを。
彼は脚が動かず、ただ立ち尽くすしかなかった。
周囲のすべてが静まり、ただ彼を置いて先へ進む友人たちの姿が遠ざかっていく。
「健太…」という声が背後から響いた。
「まだ逃げられると思っているの?」その瞬間、恐怖と共に影が彼を取り囲む。
彼はとうとうその場に立ち尽くしたまま、二度と返らない漠然とした恐怖の中に飲み込まれていった。