ある夏の夜、田舎の外れにある小道を歩いていた青年、田中健は、友人たちと心霊スポットとして有名な廃屋へ向かう途中だった。
月明かりに照らされた道は静まり返り、山々の影が不気味に揺れていた。
彼は少し先行した友人たちを追いかけながら、心のどこかで高揚感を覚えていた。
この辺りでは、数年前に失踪事件があり、その影響で見えない恐怖が村には残っていた。
健が友人たちに追いつくと、彼らは既に廃屋の前に立っていた。
その廃屋は、誰もが避ける場所であり、屋根は崩れ、窓は割れ、まるで長い間誰にも見向きもされていないようだった。
不気味な雰囲気を感じながらも、彼は仲間たちと一緒に中に入ることにした。
恐怖心を振り払い、外からの評価を気にせず、彼は自らの好奇心を優先させた。
廃屋に足を踏み入れると、暗闇が彼らを包み込んだ。
友人たちは懐中電灯を点け、薄明かりの中でうろつく古い家具や壁の傷みを照らした。
健は、不気味な雰囲気に居心地の悪さを感じつつも、友人たちとの会話に耳を傾けていた。
その時、突然、隣の部屋から「見つけた」という声が聞こえた。
驚いた友人たちは、その声の行方を追った。
しかし、健はその声に引き寄せられるように、一人でその部屋へと向かった。
暗闇の中で、彼は小さな窓から月明かりがふんわりと差し込むのを見つけた。
「ここか…?」と思いながら、彼はその声を追い求めた。
部屋の隅には、古い鏡が壊れた状態で残されていた。
興味本位で近づくと、鏡の中に自分の姿が映っているのに気付いた。
しかし、よく見ると、彼の後ろには誰もいないはずなのに、何かが映り込んでいた。
それは、彼の姿を模した、しかしどこか不気味な影だった。
健はその影を凝視した。
「見えているのか?」彼は自問自答しながら、さらに近づいた。
すると、その影は徐々に動き出し、まるで彼の欲望や恐れを代弁するかのように彼の動きを真似し始めた。
内なる恐怖が湧き上がり、「か、これは夢だ」と頭を振ったものの、そんな事が通用しないことを知っていた。
「お前は、己の影だ」と影が言った。
「お前の内にある、恐れや罪を見せているだけだ。」その言葉に健は凍りついた。
過去の思い出がよみがえってきた。
彼には、大切な友人を事故で失った痛ましい記憶があり、いつも逃げていたその想いを、ついに向き合わなければならない時が来たのだ。
恐怖に怯え、彼はその場から逃げ出した。
しかし、後ろからはその不気味な声が追ってきた。
「見つけた、見つけた、見つけた…」それは彼を嘲笑うかのように響き渡った。
友人の声をかけられず、彼は過去の記憶に捕らわれていく。
廃屋から逃げ出した時、彼は無我夢中で疾走していた。
友人たちが心配して彼を呼び止める声が聞こえたが、彼の耳には何一つ入らなかった。
まるで何かに取り憑かれているかのようだった。
その後、健はもう一度見つめ直すことができた。
ずっと逃げ続けていた己の恐怖を、もう一度直視し、受け入れる必要があった。
彼は、廃屋を後にし、その思い出と向き合うことを決意した。
恐れを乗り越えられた時、その影は消えていったのだった。