山口晴美は、人混みを避けるようにして暮らしていた。
彼女は大学の授業とバイトをこなしながら、長い通学路を毎日歩いていた。
普段は明るい陽の光が照らす道だが、夕方になるとその景色は変わり始めた。
ある日、彼女が帰宅する途中、ふと目に入った薄暗い脇道があった。
それは普段通る道とは異なり、雑草が茂り、どこか不気味な気配を漂わせていた。
友人に聞いたことのある「悪い気を持つ場所」という言葉が脳裏に浮かび、彼女は少し躊躇ったが、興味に駆られ、その道を進むことにした。
道を進むにつれ、何かが彼女を惹きつけていくような感覚があった。
通りすがりの木々の葉がささやく声のように聞こえ、彼女は次第にその声に耳を傾けたがった。
しかし、心の奥底で警告が響いていた。
「悪い気を持つ場所からは離れなければならない」と。
その時、晴美の目の前に立つ一人の男が現れた。
彼の姿は薄暗がりに沈んでいたが、顔は見えない。
ただ、彼は静かに微笑んでいた。
彼女は胸がざわつき、足がすくんだ。
「大丈夫ですか?」と、彼女は恐る恐る尋ねた。
男は何も答えず、ただ彼女を見つめていた。
その視線が尋常ではないことに気づいた晴美は、急に背筋が寒くなり、後ずさりした。
しかし、その瞬間、男が一歩彼女に近づき、彼女は思わず立ち止まった。
正直、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけれど、その男の目に何か魅了されるような力があったのだ。
「君、悪いことを考えていないか?」男の声が空気を切り裂くように響いた。
彼は笑顔を見せたままで、どこか冷たさを感じさせた。
「人は内面の悪を見つめることで、悪に飲まれてしまうものだよ。君も気をつけなさい。」
その言葉に、晴美は更なる不安を覚えた。
彼の言葉はどこか真実味を帯びていて、彼女は自分の心に潜むダークな感情が蘇ってくるのを感じた。
語りかけられた瞬間、自分の内面を見つめる不気味さに胸が締め付けられる。
その次の日から、晴美の周囲で奇妙な出来事が続いた。
友人との些細な口論がエスカレートし、毎日のように些細なことにイライラし、他人のことを思いやる余裕を失っていく。
そして、決して悪いとは思えなかった彼女の心に、確かな悪が芽生えていることを否応なく感じさせられた。
かつて通っていた友人たちとの関係が崩れ、それを取り戻そうとするが、どんどん彼女の心は暗がりに引きずり込まれていく。
日々の生活は薄暗く、夜になると周囲の闇が晴美を包み込むような恐怖を感じさせた。
数週間後、再びあの脇道に足を運んでみた。
しかし、もうそこには男はいなかった。
ただ、通りには異様な冷気が漂い、何か生き物のような視線を感じた。
晴美はその場から逃げるように自宅へと帰宅した。
その夜、彼女はうなされる夢を見た。
夢の中で、あの男が現れて、「君の心を見せてごらん」と言った。
彼女の心の中には、悪魔のような顔をした無数の影がうごめいていた。
彼女は叫び声を上げた。
目が覚めると、深夜の闇に包まれた室内で、視線を感じた。
そこにはあの男の姿があった。
彼は同じ冷たい微笑みを浮かべ、「もう逃げられない」と囁いた。
彼女は恐怖に駆られ、全身が震えた。
晴美はそれから、日常生活を続けられなくなった。
周囲の人々との関係が崩壊し、悪い気が彼女の心を支配し始めた。
彼女はかつての自分を取り戻すために戦うが、その戦闘は徐々に無意味に思えてきた。
彼女の悪は、ついに彼女自身を呑み込もうとしている。
彼女は悪の道を進むことで、もはや戻れる道を失ってしまった。
どこかで、その道を選んでしまったことを悔いながらも、新たな影に囚われているのだった。