「影に囚われた夜」

ある夏の夜、高校生の優斗は友人たちと心霊スポットに肝試しに行くことに決めた。
その場所は、深い森の中にひっそりと佇む廃墟だった。
「誰も近づけないって噂だけど、面白そうじゃない?」と優斗が笑うと、友人たちも興味津々で賛同した。

廃墟に到着した一行は、暗闇に包まれた建物の前に立っていた。
外壁はひび割れ、植物が絡まりついている。
友人の佳乃が少し怯えた声で「本当に入るの?」と尋ねたが、優斗は「大丈夫、大したことないって」と応じた。
彼は恐怖よりも冒険心に勝る気持ちでいっぱいだった。

みんなが入り口に入ると、薄暗い室内の空気が重苦しく、何か異様なものを感じさせた。
優斗たちの懐中電灯がほのかな光を放ち、壁にある朽ちた掲示物や落ちた家具が照らし出された。
だが、何かが違っていた。
静まり返った空間のなかで、微かに「助けて」という声が耳に響くような気がしたのだ。

「気のせいだろ」と優斗は言い聞かせ、他の友人たちもそれに続いたが、心の中には不安が芽生え始めていた。
深く進むにつれ、時折聞こえる声が徐々に強まり、まるで哀しみに満ちた者が何かを訴えているようだった。

「先に行くぜ!」と優斗は友人たちを置いて、さらに奥へ進んだ。
しかし、心のどこかで「逃げたほうがいい」という思いが湧き上がった。
いつのまにか友人たちの足音は遠のき、彼一人だけが薄明かりの中に残されてしまった。

優斗はその瞬間、異様な感覚に襲われた。
後ろから、誰かが自分を見つめている気配を感じた。
急に恐怖が押し寄せ、彼は立ち止まった。
「なんだ、この感じ……逃げなければ」と彼は思った。
深呼吸し、後ろを振り返ると、何も見えなかった。

「佳乃!あんたたち、どこにいる!」叫び声を上げたが、返事はなかった。
彼は自分が一人ぼっちになったことを悟った。
急に冷たい風が吹き、悪寒が全身を走った。
「逃げよう、早く出なければ」

迷い込んだ場所で、心臓が高鳴る中、優斗は廃墟の出口を探した。
しかし、壁はどんどん高くなり、出口が見つからない。
ふと、耳元にまたあの声が響いた。
「ここに留まって……助けて……」

優斗は全身の力を振り絞り、必死に出口を求めて進んだ。
しかし、進めば進むほど、何かが追いかけてくる感覚が増していった。
彼は正気を失いかけ、「もう終わりだ」と心の中で呟いた。

ようやく小さな光が見えた。
「あそこだ!」優斗はその光を目指して走った。
光は日差しのように明るく、希望の道のように感じた。
しかし、それが近づくにつれて、何かが彼を阻もうとしていることを知った。
「無理だ、もう逃げられない!」

その瞬間、彼は振り返った。
そこには、具現化した哀れな影が彼を見つめていた。
影は叫び、何かを訴えている。
優斗は恐怖で身動きできなかった。
「誰か助けて!」と言う言葉が喉を掻き消す。

廃墟の影はゆっくりと迫り、彼に触れようとする。
その時、優斗は考えた。
逃げるのではなく、理解すること。
彼は無意識に心の中で「なんでここにいるの?」と問うた。

すると、影は一瞬止まり、優斗はそれを理解する。
影は過去の囚われた存在で、逃げることで解放されるのではなく、自らの悲しみを受け入れ、彼に訴えかけているのだ。
優斗は冷静さを取り戻し、「お前のことを知りたい」と声をかけた。

影は優斗に対して怨念を示していたが、その目には哀しみが宿っていた。
そして、その瞬間、優斗は何が必要かを感じ取った。
彼は友人たちのことを思い出し、廃墟を出るための道を見つけることができた。

優斗は自らの決意で、影の存在を受け入れ、その場を後にした。
彼方の光に向かって走る彼は、明るい外の世界へと帰りつくことができた。
影の声は今も耳の中でささやき続けていたが、それに怯えずに進めることができたのだ。

その後、優斗は「無」の恐ろしさを知り、影に触れて変わることを理解した。
彼の心にはいつも、影の存在が刻まれていた。
時折、この体験を友人たちに語り、彼らに注意を促すことはあったが、彼自身もまた、影の記憶から逃げることができなかったのだった。

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