公は、ひとりの大学生だった。
彼は文学を専攻しており、特に怪談やホラー小説に心を惹かれていた。
ある晩、彼は友人たちと一緒に昔から恐れられている古い館を訪れることにした。
その館は、長い間廃墟として放置されており、地域の人々から「闇の館」と呼ばれていた。
館に到着すると、彼らは不気味な静けさに包まれた。
公はその瞬間、背筋がゾクッとする感覚を覚えた。
しかし、友人たちは恐れを抱きながらも、好奇心に駆られ、館の中に入ることを決めた。
霧が立ち込める夜の中、彼らはそっと扉を開けた。
館の内部は、長い年月が経過したせいで荒れ果てていた。
埃だらけの家具や、壊れかけた窓が、昔の栄華を物語っていた。
公は心の中で、この場所がもたらす恐怖に興奮しながらも、同時に不安を感じていた。
友人たちとともに館を探索するが、次第に彼らの間に不穏な空気が漂ってきた。
突然、館の奥から微かな声が聞こえてきた。
「公……公……」その声は、彼の名前を呼んでいた。
気味が悪くなった公は立ち止まり、友人たちに振り向いた。
「誰かがいるのかもしれない……行こう。」彼の心には警戒感が走ったが、友人たちは興奮して声の方向へ向かってしまった。
声の主がいると思われる部屋に近づくと、ドアがわずかに開いていた。
公は一瞬ためらったが、結局扉を押し開けて中に入った。
静まり返った部屋の中、薄暗い空間に人影が立っていた。
顔が見えないその影は、まるで闇の中から生まれたかのように不気味だった。
「公、来てくれてありがとう……」声は再び響いた。
それは柔らかな、しかしどこか冷たい声だった。
公はその瞬間、背後にいる友人たちが消えていることに気づいた。
恐怖が押し寄せ、心臓が激しく鼓動した。
彼はその影に向かって声をかけるが、声が出なかった。
影は少しずつ近づいてきた。
公はその存在感に圧倒され、逃げようとしたが、体が動かない。
まるで闇が彼を捕らえているかのようだった。
影が近づくにつれ、公は言葉を失い、その瞳に映る暗黒に飲み込まれていくように感じた。
影が彼に近づくと、その顔が少しずつ明らかになった。
その顔は見覚えのあるもので、公の思い出の中の誰かだった。
そこには、昔の友人や、かつての恋人の姿が重なって見えた。
彼らは彼を呼びかけており、彼に何かを訴えようとしているが、その言葉は聞こえなかった。
「あなたは私たちを忘れたの？」その言葉が彼の心に響いた瞬間、公は全ての記憶を思い出した。
彼には、数年前に亡くなった友人たちがいたのだ。
その存在を忘れようとしていた自分がいた。
影の中で、彼らは公を恨んでいるように見えた。
「あなたたちのことは忘れない。」と、公は必死で思いを放った。
だが、影は彼の心を掴み、彼を闇の中に引きずり込もうとしている。
そして、公の名前を呼ぶ声が次第に大きくなり、彼はその声に抗えず、深い闇に吸い込まれた。
その後、公は館から消えた。
誰も彼を再び見ることはなかった。
館はただ静寂に包まれ、不気味な影だけが残る。
地域の人々はその後、館のことを恐れ続け、その名を決して忘れることはなかった。
そして、時折聞こえる「公……公……」という声に怯えながら、闇に潜む記憶が彼らの心を支配し続けているのだった。
