陽が沈むと、静まり返る街道。
月明かりに照らされた道を一人で歩くのは、主人公の健二にとって、ある種の楽しみでもあった。
しかし、その晩はまるで何かが違う気がした。
いつも通る道にもかかわらず、何か重苦しい雰囲気が漂っていた。
健二は細い道を進むにつれ、不安な気持ちが募っていった。
何かが足元を掻き立てるような感覚が彼を絡め取る。
振り返っても誰もいない。
だが、その不安感は彼を押し上げ、ますます道を進ませた。
彼の心の奥で、自分が何かに呼ばれているような気がした。
やがて、健二はとある場所に差し掛かった。
そこには、古びた印が刻まれた石碑が立っていた。
近くには道が分かれ、どちらの道も見知らぬ方向に続いていた。
石碑の周囲には数本の枯れ木が立ち、まるで彼を見守るかのようだった。
と同時に、彼は道の向こう側に何か暗い影を見つけた。
それは、ただの影ではなく、自分の身の影を持つような不気味なものであった。
思わず健二は足を止め、影に目を凝らした。
その影は彼の動きにあわせて動き、まるで彼を映す鏡のようだった。
しかし、何かが違った。
自分の動きに反応するその影は、どんどん大きくなり、形を失ってゆく。
恐怖に駆られた健二は、思わず後退った。
その瞬間、影は彼を追いかけるかのように近づき、心臓の鼓動が爆発しそうになった。
「ここに来たことは、もう戻れないということだ」と声が耳元に響いた。
冷たい風が吹き抜け、背後に何かが迫っているのを感じた。
同時に、彼の心に小さな疑念が芽生えた。
その影はもしかすると、この道に迷い込み、救いを求めている者たちの姿かもしれない。
健二は怖れを感じながらも、好奇心が勝り、その影に近づく決意をした。
「お前は何者だ?」と、声を震わせて問うた。
しかし、影は答えず、ただ彼を見つめている。
健二は、印のことを考えた。
「この道には何かが刻まれている。何かの罠かもしれない」と思ったが、何に対する罠なのかは分からなかった。
しかし、彼はその印に触れ、何かの真実が掴めるかもしれないと期待した。
指先が石碑に触れた瞬間、目の前の影が急に形を取り始めた。
まるで影から実体が生まれたかのように、健二の視界の中に美しい女性の姿が現れた。
しかし、その顔はどこか悲しみを秘めていた。
そして、その目は彼を吸い寄せるかのように光っていた。
「私を助けてほしい」と、その女性の声が響いた。
「ここから出ることができれば、あなたも自由になれる」と。
健二はその言葉に心を掴まれた。
しかし、何かが彼の頭の中で警鐘を鳴らす。
「これは罠だ、お前は助けに行かなくてもいい」と。
迷いつつも、彼は決断を迫られる。
その時、再び影が動いた。
健二の背後から迫ってくることに気づいた彼は、恐怖を覚え、その場から逃げ出した。
走りながら、彼はその影と女性の叫び声が後ろに響き渡るのを聞いていた。
「逃げるの?私を見捨てるの?」その声には、ものすごい悲しみと恨めしさが込められていた。
道を駆け抜け、健二はようやく明るい街の灯りが見えた。
振り返ると、彼を追ってきた影はそのまま後ろに沉んでいき、消え去った。
ただ、冷たく残されたその影が、今も道のどこかに存在していることを感じていた。
何が真実で、何が罠なのか分からないまま、健二はその道を後にした。
あの女性の声が、今も彼の心に響いている。
彼は二度とその道を歩くことはなかったが、影との出会いが彼を逃れられない運命に導いてしまったのかもしれない。