「影が誘う街」

北海道の小さな街、名も無き町には、いつもと変わらぬ静けさが漂っていた。
夜になると、住人たちはいつも通りに家の中に閉じこもり、外に出ることは少なくなっていた。
しかし、その理由は単なる寒さではなかった。
この町には、街の人々が恐れる「人の影」と呼ばれる現象が広まっていたからだ。

ある晩、明夫はいつも通りの居酒屋で友人たちと飲んでいた。
「今日こそは帰る」と彼が言うと、友人たちからは心配の声が上がった。
「あんた、最近あの影のこと聞いたことあるだろ?あれに出くわしたら、終わりだ。徹底的に逃げるべきだよ」と。
明夫は薄ら笑いを浮かべたが、その言葉が彼の心に不安を植え付けた。

「大丈夫、ただの噂だろ」と軽く流し、彼は帰宅の道を歩き始めた。
しかし、周囲を見回しても、普段の賑わいはなく、すべてが静まり返っていた。
星空の下、街灯の明かりがかすかに照らす中、明夫は後ろを振り返りながら歩くことになった。

彼の中で不安が膨れ上がると同時に、ついに謎の「人の影」を目撃してしまった。
それは、一瞬のことだった。
通りの奥の暗がりから、人間のような形をした影がはっきりと見えたのだ。
明夫は驚愕し、立ちすくむ。
「これが噂に聞く影なのか?」と心の中で呟いた。

明夫の心拍数は上昇し、冷たい汗が背中を伝った。
その影は明夫をじっと見つめているようだった。
彼はその場から逃げろと、自らに命じた。
しかし、足がすくんで前に進むことができなかった。
すると、影はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
また、その瞬間、背後から虚ろな声が響いてきた。

「助けて……」それは、かつての友人、健二の声だった。
彼は数週前に行方不明になり、町の人々はその行方を心配していた。
しかし、その声がまさか自分の耳に届くとは思わなかった。
明夫の背筋には恐怖が走り、薄暗い街の中で彼はその声を追いかけてしまった。

影とともに現れたのは、健二の姿だった。
だが、彼の目は虚ろで、不気味な笑みを浮かべていた。
「明夫、こっちにおいで……」健二の瞬間的な変化に、明夫は恐れを抱いた。
かつての友とは思えないほど、彼は変わり果てていた。

明夫は逃げようとしたが、影がその前に立ちはだかった。
「逃げることはできない。私たちはもう一つの世界にいるのだ」と言う声。
その瞬間、明夫は周囲が暗くなるのを感じ、身体が締め付けられるような感覚を覚えた。
このままでは吸い込まれるのではないか、彼は意識を保つために必死になった。

「健二、助けて!」彼は叫んだが、返ってくるのは健二の冷たい笑みだけだった。
影が伸び、明夫の手をかすめていく。
彼の心は絶望に沈んでいった。
今や目の前には、かつての愛しい友ではなく、影に従う者となった仲間の姿があった。

思わず目を閉じた明夫は、意識が飛びそうになるその時、健二の目の奥に光るものを見つけた。
「それが君だって、教えてくれ!」その声はかつての友からのものであった。
明夫は一瞬の間に、懸命に逃げ出した。
彼の心の中には、影に対抗する力があったのだ。

明夫は、自らに再び勇気を与え、この現実から逃げ出すことを決意した。
周囲は鮮やかな色彩を取り戻し、彼は自らの恐れと向き合いながら、逃げることからよりも生き残ることに注力することができた。
影の囁きの中でも、希望の光が差し込み、彼は無事に町の外へと出た。

その晩、明夫は友人たちとの再会を果たしたが、健二との出来事を語ることはなかった。
彼はただ静かに街の変化を見守りながら、「暗闇には決してみんながいるわけではない。自らの中の影を理解する必要がある」と心に刻みつけたのだった。

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