ある静かな夜、伸晃(のぶあき)は仕事帰りの道を急いでいた。
外はひんやりとしていて、街灯の明かりが点々と道を照らす。
彼の頭の中は、今日の疲れた仕事のことや、明日の予定でいっぱいだった。
何か特別なことが起こるとは思ってもみなかった。
その時、彼の目の前に影がちらりと動いた。
仮設の工事現場の脇を通り過ぎる時、暗がりの中に人影が見えた。
近づいてみると、そこにいたのは一人の女性であった。
濡れた髪が顔にかかり、手にはぼろぼろの傘を持っている。
彼女は無言で道の端に立ち、じっと伸晃を見つめていた。
彼の心臓が少し早く打ち始める。
「大丈夫ですか?」伸晃は声をかけてみた。
しかし、彼女は微動だにせず、ただ彼を見つめている。
彼女の目には何か尋常ではないものが宿っていた。
延々と続く沈黙に耐えかね、伸晃は視線を逸らし、再び歩き出した。
しかし、不思議なことにその女性は、彼の後をつけてくるように動き始めた。
振り返ると、彼女はまだ同じ場所に立っている。
何かの呪いか悪戯のように、彼は再びその場所を通り過ぎようとしたが、今まで通った道に戻っていた。
彼の足取りは軽くなり、その道を何度も行ったり来たりする羽目になった。
次第に不安が募っていく伸晃。
彼は暗闇のそこに残された影響に気づき始めた。
「なんで戻るのか…?」彼の頭の中に疑問が渦巻く。
すると、またあの女性が現れた。
今度は近くに立ち、少し笑っているように見える。
彼女の笑みは、不気味で恐ろしいものだった。
彼の心の中に恐怖が浸透する。
「戻ってくるの?」彼女は静かに問いかけた。
彼の心を読んでいるかのように響いたその声。
伸晃は背筋を凍らせ、再び後退する。
しかし、どれだけ歩いても、その道は繰り返されるばかりだ。
意を決して振り返ると、彼女は今度は少し前に進んでいた。
そして、彼に向かって何かを指差す。
その指の先には、さっきまで彼が通った道の出口が見える。
その瞬間、伸晃は一歩踏み出した。
しかし、その時、全てが静まり返り、暗闇の中に彼だけが取り残されたかのような感覚に襲われた。
「ここから逃げることは許されないよ。」その言葉が周囲に響き渡る。
鼓動が加速し、彼は必死に出口に向かおうと走り出す。
けれども、道は変わることなく、いつの間にか彼の目の前に再び女性が立ちはだかった。
彼はもはや逃げることができなかった。
繰り返される道に、己が囚われていたのだ。
彼女は近づくと、口を開いた。
「でも、ここまで来てくれたことには感謝してる。」伸晃は何も言えなかった。
空気がさらに重くなり、闇に包まれていく。
彼女の笑顔は、まるで捕らえた獲物を嘲笑うようだった。
心の奥で諦めが芽生える。
彼はこの道の住人になってしまったのか。
以下、彼の声は誰にも届かず、伸晃の姿は道の片隅に消えてしまった。
時折、この道を通る人々は、静かに立ち尽くす女性の姿を見ることがある。
そして、恐ろしいことに、彼女とその道は、他の誰かを呼び寄せるように見えるのだ。