ある夜、華は仕事を終えた後、帰り道にある田舎道を歩いていた。
道の両側には背の高い木々が生い茂っており、薄暗い空間が彼女を包み込んでいる。
いつもは照明がある道なのに、最近は街灯が一つも点灯していない。
静寂の中、その道を急ぎ足で進む華は、何か不気味な気配を感じていた。
彼女は思い返す。
この道は昔から通っているが、最近、奇妙な噂が立っているという。
同じように帰宅する人々が、道中に幽霊の影を見たり、何か不気味な現象に遭遇したと話していた。
特に、昼間は何の気配も感じなかった道が、夜になると一変し、恐ろしい存在が潜む場所になっているというのだ。
華は無意識に足を早め、心臓が高鳴るのを感じた。
「大丈夫、ただの噂に過ぎない」と自分に言い聞かせながらも、背後に誰かがいるような気配が気になり、振り返るが、後ろには誰もいない。
その時、強い風が木々を揺らし、ざわめきが起こった。
華はふと、何かが自分を見ているような感覚に襲われる。
立ちつくす彼女の目に、ぼんやりとした影が見えた。
それは、道の先に立っている一人の人間のようだった。
薄暗い中でも、その姿ははっきりと見える。
「誰?」と声をかけると、影はゆっくりと近づいてきた。
それが実の顔かどうかはわからないが、無表情のままゼェゼェとした息をしながら彼女の方を見つめている。
華は身動きが取れなかった。
どこか懐かしさを感じるその顔は、彼女の記憶に残っているかのようだった。
そして、恐ろしいことに、その影は静かに開口し、「華…」と名前を呼んだ。
それは、彼女の先祖の名を呼んだかのような声で、彼女の心に深く響いた。
恐怖心が一気に募り、華はその場から逃げ出そうとした。
しかし、影はもう目の前にいて、彼女の道を遮るように立ちはだかっていた。
「私はお前を待っていた」と言い放ったその影は、彼女の最も古い先祖である女性の姿をしていた。
「なぜ…あなたはここに?」
その問いには答えず、影はただ静かな微笑みを浮かべた。
華はその姿に圧倒され、何かが心に響いてくるのを感じた。
彼女はその影の影響を受け、自らの血筋、自身が背負う運命に気づいていた。
影は再び口を開き、「忘れ去られた物語は、再び掘り起こされなければならない」と告げる。
そして彼女の胸倉に手をかけた。
すると、次の瞬間、華は自分の過去を見る夢の中に放り込まれた。
道の向こうには、彼女の先祖たちの姿が浮かんでいた。
苦悩しながらも生き延び、道を歩んできた女性たちが、次々とその場に現れ、同じように名を呼んでいた。
華は震え上がり、自分が道を通るたびに、この不気味な影が自らの存在を求めていたのだと悟った。
「私たちの痛みを、忘れてはいけない」と影は言った。
華はその言葉を理解した。
この道は彼女だけのものではなく、彼女の先祖たちの物語まで続いているのだ。
華は変わり果てたその場を踏みしめ、「私はこの歴史を忘れない」と心に誓った。
また、普通の日常に戻った華は、そこから先、微かな風や影を気に留めることはなかった。
しかし、道を通るたびに、その影が彼女の側にいて、自分を見守っている感触を感じ気を緩めた。
彼女は生きとし生ける者のために、その道を守り、語り継ぐことを決意した。
実際、そこには不気味な影が存在したが、それは彼女の背後で華の選んだ道を示している存在であったに過ぎなかったのだ。