彼が目を覚ましたのは、トンネルの中だった。
神道の神社に向かう古びたトンネルは、悪名高い「事故のトンネル」として知られ、数多くの人々がその中で命を落としていた。
山の奥深くにあり、普段は誰も近寄らない場所だった。
けれど、彼、田村亮介は友人たちと肝試しをしようと、興味本位でそのトンネルに足を踏み入れてしまった。
暗くて、冷気が全身を包み込み、彼の意識はぼやけていった。
友人たちの声は次第に遠くなり、いつの間にか彼は一人にされていた。
周囲は不気味な静寂に包まれていたが、まるで誰かが彼を見ているかのような感覚が常に背中を押してきた。
「戻れ」とでも言うように。
亮介は動揺しながらも、つい先ほど聞いたことを思い出した。
『ここに迷い込んだ者は決して帰れない』という噂だ。
誰にも見えぬ「何か」がトンネルの奥深くで待っているとされる。
それは「の」存在、死者たちの怨念だという。
トンネルの先に、ある現象が待ち受けているのかもしれない。
彼は背筋をすくめながら、進むことに決めた。
とはいえ、動くのも億劫で、少しでも気配を感じるたびに足がもつれそうになった。
その時、彼の耳にかすかな声が響いた。
「助けて…」それは女性の声だった。
亮介は耳を澄ませ、声の主を探し求めた。
「誰かいるのか?」彼は声に応えたが、返事は返ってこない。
ただ、さらに強い冷気が漂ってきただけだった。
心臓が高鳴り、亮介は恐怖に駆られた。
彼はその声の元を求めて、トンネルの奥へと大胆に進んでいった。
ふと、彼の目に飛び込んできたのは、真っ黒な影だった。
それは人間の形をしていたが、明らかにどこか違った。
暗闇の中で、次第に形を変えながら彼に近づいてくる。
その瞬間、彼は声を上げることもできず、その場に凍りついた。
影は明確になり、顔を持たぬものの視線を感じさせた。
亮介にはその存在が何者であるか、わかるはずもなかった。
「私を…助けて…」再び耳元でささやく声が響いた。
彼は恐怖に震えながらも、その声の真意を理解した。
影は他の存在を狙っているのか、はたまた彼自身を狙うのか。
亮介は思い切って、その場を離れようと後ろに振り返った。
しかし、背後には同じような影が迫っていた。
すでに後戻りはできない。
彼の選択は、運命に逆らうことだったのか。
彼は全力でトンネルを駆け抜けたが、音もなくその影は彼の後ろを追いかけてきた。
まるで彼の動きを知っているかのような、驚異的な速度で。
焦燥感が心をさらに締めつける。
そしてついに、出口の光が見えた。
その瞬間、亮介は全ての力を振り絞り、走り出した。
出口に手が届きかけた時、まるで彼の運命を拒むかのように、その影が彼の前に立ちはだかる。
彼は悲鳴を上げたが、その声はトンネルの静寂に飲み込まれた。
亮介は恐怖のあまり、目を閉じてしまった。
次に彼が見たのは、友人たちが心配そうに彼の名を呼ぶ姿だった。
彼は無事にトンネルから出られていた。
しかし、あの影の正体は、彼の心の奥底で呪縛として残り続けていた。
生死の境を越えた何かが、彼を再び呼ぶ日が来るのではないかと、彼は恐れていた。