大学のキャンパス内にある古びた体育館には、昔から「糸の伝説」と呼ばれる怪談が語り継がれていた。
特に卒業生の間では、決して体育館に一人で入らない方が良いという警告があった。
その理由は、糸が人を引き寄せる力を持っていると言われていたからだ。
ある冬の寒い日、大学の3年生である佐藤和也は、友人たちと集まり、恐ろしい話をすることになった。
彼はその中でも特に話が好きで、皆の注目を引くために、幼い頃からの恐怖体験を語り始める。
話題は自然と「糸の伝説」に飛び移った。
「やっぱり体育館に行ってみようぜ」と提案したのは、友人の高橋だった。
和也と他の友人たちは一瞬戸惑ったが、結局、夜の体育館を探索することに決まり、懐中電灯を手にして幽霊が出るという噂の場所へ向かった。
体育館の中は思った以上に静かで、外の風の音だけが響いていた。
懐中電灯の光が薄暗い天井を照らすと、まるで古い木材が何かを語りかけているかのようだった。
和也たちはドキドキしながら、中央のバスケットボールコートに足を踏み入れた。
すると、突然、和也の目の前に薄明かりの中から、見えない糸が出現した。
白く細い糸が空中で揺れているのを見て、彼は思わず息を呑んだ。
友人たちもその異様な光景に目を奪われ、動けなくなった。
糸は次第に彼らを中心にして回転し、まるで彼らを引き寄せようとしているかのように感じられた。
「逃げよう!」と叫んだ友人の山本が、その声で現実に引き戻された。
全員が慌てて体育館を飛び出し、外の冷たい空気を吸い込んだ。
心臓がバクバクと高鳴り、体が震えた。
その後、和也たちは教室に戻り、興奮が冷めないまま話し合った。
彼らからの恐怖心は、徐々に仲間同士の冗談交じりの会話に変わっていった。
「どうせ何も起こらなかったし、恐れる必要はないよ」と言い合いながらも、心のどこかに不安の影が残っていた。
数日後、和也の元にメールが届いた。
送り主は知らない番号だったが、メッセージには「私を呼んで。体育館に来て」という一文があった。
彼はその瞬間、あの糸の奇妙な感覚を思い出し、背筋が凍るような思いを抱いた。
友人たちは冗談だと思い込もうとしたが、和也はそのメッセージの背後に恐怖を感じていた。
数週間後、和也は再び体育館へ行くことにした。
友人たちは参加を断ったが、彼は一人で糸の正体を探る決意を固めた。
再び体育館に入ると、あの白い糸が彼の目の前に現れた。
心臓が高鳴り、彼は一歩後退り、しかしその糸は彼の意志とは裏腹に、まるで彼を呼び寄せるかのように引き寄せてきた。
「来てください、私を忘れないで」とはっきりした声が背後から響き、和也は振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった。
彼は糸の方にふと目を戻し、突然強い引力に襲われた。
糸は彼の腕をしっかりと捕まえるようにしていた。
その瞬間、和也は黒い糸が瞬時に自分の意識を捉え、引き込まれていく感覚を味わった。
必死に抵抗したが、彼の全身が不思議な力によって虜にされてしまう。
体が動かず、意識さえも薄れていく中で、和也は思った。
「これが糸の伝説の正体なのか」と。
後日、和也はキャンパスの誰にも見つからない空間に消えていた。
彼の友人たちはその後何度も体育館を訪れたが、彼の姿を見つけることはできなかった。
そして、「糸の伝説」は新たな一つの物語として、また次の世代に語り継がれていくのだった。