「廻る時のトンネル」

夜も深まる道を一人、佐藤は歩いていた。
周りは静まり返り、時折風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
彼の心には何か不安が渦巻いていた。
先ほど、友人と別れたばかりだが、そこに残されていた不吉な気配が、彼をじっと見つめているような気がしていた。

その道は、村の外れにある古いトンネルを経ていくつかの集落へ続いている。
地元の人々はそのトンネルについて、何か特別な気をもった場所だと口にしていた。
彼らは、ここに足を踏み入れた者は時を廻らせ、何かしらの奇妙な現象に遭遇すると警告していた。

「大丈夫だろう」と自分に言い聞かせながらも、佐藤は心のどこかでその言葉を裏付けるものを求めていた。
過去に何度もこの道を通ったことがある彼だが、今日は何かが違った。
空気が重く、いつも感じる道の雰囲気と明らかに異なっていた。

トンネルに近づくにつれ、佐藤は周囲の光景が奇妙に感じ始めた。
彼の目には、まるで時が廻っているかのように思えた。
道端の草や木々が、現実と幻想の境界を失ってゆく。
愛らしい小花も、ひび割れた古い石も、彼の記憶にあるものとは違って見えた。
まるで、過去と未来、すべての時が這い上がるかのようだった。

並んで立つ古いトンネルの入口に差し掛かると、彼の内心に強烈な不安が押し寄せた。
トンネルの向こう側から、微かな気配と共に冷たい風が吹き込んできた。
「とんでもないものが待っている」と警告するかのような気のせいさえ感じる。
だが、何かに引き寄せられるかのように、彼はそのまま足を踏み入れた。

トンネルの中は、暗闇に包まれており、足元の岩や土の感触が実感として迫ってくる。
息をするごとに、その場に漂う異質な気を感じ、「これが噂されていたトンネルなのか」と頭に浮かんだ。
しかし、足音は次第に遠くなり、周囲の音も消え去ってしまった。

その瞬間、彼の目の前に現れたのは一人の女性だった。
長い黒髪をかき上げ、どこか懐かしい顔立ちをしているが、不気味な笑みを浮かべていた。
彼女は佐藤の声には反応せず、ただじっと彼を見つめ、その目には空虚さが宿っていた。

彼は思わず後退り、「誰だ?」と尋ねたが、彼女はただ笑みを絶やさなかった。
時間が止まったかのように静まり返るトンネルの中、彼女は徐々に近づいてきた。
「ああ、ここに来るのを待っていたの」と、彼女が囁く。
「あなたは時を廻す者。私を解放して、ここから連れ出してほしい」と頼んだが、その声はどこか無情だった。

佐藤は恐怖を感じ、「どういうことだ?」と少し引きつりながら聞いた。
女性の笑みはそのままに続き、「私の気はこの場所に縛られていて、あなたもまた廻る運命に飲み込まれるの」と言った。
その瞬間、周囲の空気がひんやりと緊張感を孕んだ。

彼は振り返るが、すでに道は見えなくなっていた。
「あなたも私のようになるのよ」と、彼女の声は響き渡り、時がひとしずくずつ廻り始めた。
思わず彼は一歩後ずさったが、暗闇は彼を受け入れるようにそっと腕を伸ばしてきた。

次に気がつくと、佐藤は道の途中に立っていた。
空気はいつも通りの静けさに戻り、周囲の景色が変わっていることに気づいた。
音も周囲に響いている。
その時、彼は過去のことを一切覚えていない。
何があったのか、誰に会ったのかも思い出せなかった。

ただ、周囲の道は彼に警告するかのように不気味な気をはらんでいた。
その瞬間、彼はもう二度と戻ることのない道に踏み出したのだと気づいた。
永遠に廻り続ける時の中に取り残されることを、彼は悟ってしまったのだった。

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