高橋直樹は、小さな町の古い国道沿いにある廃屋に足を運んだ。
彼はその廃屋が語り継がれる不気味な伝説に興味を持ち、肝試しがてら勇気を試そうとやって来たのだ。
廃屋は長い間人が住んでおらず、草木に包まれてまるで異世界から流れ出てきたような印象を与えていた。
直樹は、屋敷に一歩足を踏み入れた。
内部は薄暗く、どこか物寂しい雰囲気が漂っていた。
部屋ごとに塵と埃が被り、かつての主人たちの痕跡が微かに残っている。
荷物や家具がそのままに放置されている様子は、時間の流れを止めたかのようだった。
直樹は頼りない懐中電灯を持ち、部屋を一つ一つ確かめながら進んで行った。
時折、どこからか聞こえるかすかな物音に心臓が高鳴り、彼の胸には不安が渦巻く。
しかし、彼は「ただの風音だ」と自分に言い聞かせ、さらに奥へと進んでいった。
廃屋の中心にたどり着くと、目の前には長い廊下が続いていた。
廊下は薄暗く、長い年月のせいで壁はひび割れ、そこから漏れ出るかすかな冷気が直樹の背筋を凍らせた。
彼は意を決して、その廊下を進むことにした。
廊下を歩いていると、ふと彼の耳元で何かが囁く。
誰かに呼ばれているような声、聞き覚えのある名前を連呼する声だ。
直樹が振り返っても誰もいない。
自分の心の中に何かが渦巻いているのだと気づいたが、不気味な好奇心が勝り、彼は廊下の奥へと足を進める。
廊下の先には、ひときわ大きな扉があった。
そこには古い家紋が彫られた重厚な扉。
直樹はためらいつつも、その扉を押し開けた。
中には広い部屋があり、壁には淫靡な絵画が飾られていた。
そして、その中央には一つの鏡が置かれていた。
鏡は埃にまみれていたが、直樹はその奥に何か異質な存在を感じた。
直樹は鏡に近づくと、そこで自分の姿が映し出される。
しかし、よく見るとその背後には、かすかに光る女性の霊が立っていた。
彼女は艶やかな黒髪を持ち、儚げな笑みを浮かべていた。
目が合った瞬間、彼の心に冷たい恐怖が走り抜ける。
「助けて……私をここから解放して」と彼女が囁く。
その声は深い悲しみを帯びていて、直樹の心を揺さぶった。
彼は思わず「どうしたんですか?」と尋ねてしまう。
「この廊下で、再び出会うことを願っていたの。私はこの家に住んでいた者。私の心の奥には、過去の思い出が閉じ込められている」と彼女は話した。
直樹は彼女の言葉に引き込まれるように、怖れよりも好奇心が勝って彼女に歩み寄った。
彼女はさらに続ける。
「私を解放してくれれば、あなたの未来が救われるかもしれない。再生の道を示してあげる。」
直樹は心揺らぎつつも、彼女の声に共感し、何かしらの決意を抱いた。
彼女が閉じ込められている原因はこの廊下にあり、彼の手によって何かを取り戻すことが必要だと感じた。
彼は廊下の向こう側にある扉に向かい、再び歩みを進めた。
すると、その瞬間、周囲の気温が急激に下がり、霊たちの囁きが増してきた。
不気味な声が押し寄せる中で、直樹はその扉を開けた。
扉の先には、かつての彼女の幸福な記憶が広がっていた。
美しい庭や家族の笑顔、そして過去の瞬間が鮮やかに映し出されていた。
彼女の心の奥にある扉が開かれ、直樹はその扉を通じて彼女の過去を体験した。
その瞬間、彼女の悲しみが解放されていくのを感じた。
直樹は廃屋に戻り、その後彼女の霊が静かになったことに気づいた。
廊下は徐々に暖かく、光が差し込んできた。
彼女は再び未来へと旅立ち、直樹は一人残った。
彼の心には感謝と共に、新たな決意が刻まれていた。
彼は彼女の物語を伝え、この廃屋の伝説を心に留めることを誓った。