彼の名前は健太。
小さな町に住む彼は、幼少期から「ト」という古びた廃墟に興味を持っていた。
町の人々はその場所を恐れ、近寄ることを避けていた。
特に夜になると、トからは異様な音が聞こえ、「何かがいる」という噂が広まっていた。
しかし、健太の好奇心はそれを打ち消すほどに強かった。
ある晩、彼は友人の翔と共にトに向かうことに決めた。
暗い道を抜け、やがて廃墟の前にたどり着くと、月明かりが不気味にその姿を照らしていた。
風が吹き、冷たい空気が二人を包み込む。
「本当に中に入るの?」翔が不安そうに尋ねる。
「大丈夫、ただの廃墟だよ。何も起こらないさ」と健太は笑い飛ばした。
彼らは廃墟の中に入り、薄暗い空間を進んでいく。
古い家具や壊れた鏡が散乱しており、何年も誰も訪れていないことを物語っていた。
すると、突然、背後から「く…」というかすかな声が聞こえた。
二人は振り向くが、誰もいなかった。
「気のせいだよ」と健太が言うと、翔は不気味そうに肩をすくめた。
さらに奥へ進むと、健太は一枚の古い写真を見つけた。
それには、昔の町の人々が写っており、表情は皆生き生きとしていた。
しかし、笑顔の中にどこか不気味さが漂っていることに気づく。
「これ、なんだか変じゃない?」翔が訊ねる。
健太は首を傾げ、「ただの昔の写真だろ?」と答えたが、心の中に一抹の不安が芽生えていた。
その時、再び「く…」という声が響き、今度は明確に彼らの耳に届いた。
それはまるで、誰かが助けを求めているかのようだった。
健太は心臓が高鳴るのを感じ、「もう帰ろう」と言った。
翔も同意し、急いで出口に向かった。
だが、出口までの道のりは彼らの記憶とは異なっていた。
何度曲がっても、同じ場所に戻される。
焦りと恐怖が彼らを襲った。
「これは現実じゃない…夢だ、ありえない…」翔が呟く。
健太は諦めずに「この写真を持って、何か手がかりになるかもしれない」と言って、再び写真を手に取った。
その時、彼の目の前に不気味な影が現れた。
影は徐々に形を成し、無表情の若い女性に変わった。
彼女の目は深い闇に沈んでいて、何も語らない。
ただ、その存在が二人を圧倒していた。
「助けて…」彼女は言ったが、健太はその声に気を取られすぎて、自分たちの立場を忘れていた。
「私たちには出口がない…どうすればいいの?」翔が慌てて尋ねると、女性は無言で指を示した。
その先には、さらに深い闇が広がっていた。
「覚えている? 昔、私もこの町にいた…そして、あなたたちがここに来ることも知っていた」と女性の声が響く。
彼女は町の人々の一員だったが、今はその影響から逃げられずにいた。
恐怖から健太は思わず逃げ出した。
しかし、後ろを振り返ると、翔はいなくなっていた。
心臓が締め付けられ、もう一度彼女に問いかけた。
「翔はどこだ?」女性は悲しげな笑みを浮かべて言った。
「ここに残る者は、覚悟を決めなければならない…」
気が付けば、健太は一人だけその場所に取り残されていた。
廃墟の中で、影のように漂う存在たちが彼を見つめていた。
「あなたも私たちの仲間になりたいの?」その問いかけが彼の耳に響く。
抵抗することもできず、健太は呆然と立ち尽くすしかなかった。
町に戻った人々は、健太の行方を知ることはなかった。
そして、廃墟の中では新たに影が姿を変え、次の犠牲者を待ち続けるのであった。