「幽玄の旅館と抗う者たち」

ある地方都市に存在する、古びた和風の旅館「霊宿」。
この旅館は、蚊のない静けさが包む山あいにあり、訪れる者に安息を与える一方で、宿泊した者が帰ることのない不気味な噂が絶えない場所でもあった。
旅館の歴史は古く、戦後の混乱期に多くの人々が訪れたが、いつしかその姿は忘れ去られ、廃れ始めた。

気になった友人の真理と恵美は、心霊スポットとして知られるその旅館に一泊することを決めた。
彼女たちは、日常のストレスや不安を忘れるため、少しのスリルを求めていたのだ。
夏の夜、旅館に着くと、薄暗い廊下に照明がわずかに点滅していた。
静まり返った空間に、彼女たちの心臓の音だけが響く。

「この旅館、なんだか eerie だね…」真理が言うと、恵美も同意した。
「でも、少しワクワクするよ。何か怖い体験ができるかも」と、彼女は興奮気味に微笑んだ。
チェックインを済ませ、彼女たちは部屋に入る。
襖を開けると、和室が広がり、ちりばめられた懐かしい香りが漂っていた。

夜が更けていくにつれて、周囲は静かになり、突然、視界に薄い影が走り抜けた。
真理の視線がそちらに引き寄せられる。
彼女は「何か見えた?」と恵美に尋ねたが、恵美は気のせいだと笑う。
しかし、真理の中には不安が渦巻き始めた。

風呂の時間、彼女たちは大浴場に向かうことにした。
途中、廊下の壁にかけられた古い写真が目に入る。
そこには、この旅館でかつて働いていた女将の姿が映っていた。
彼女は優しい顔立ちをしていたが、目には不気味な光が宿っていた。
「あの女将、どうしているんだろうね…」と真理が呟くと、恵美は「分からないけど、たぶん出て行ったんじゃない?」と返す。

大浴場に到着すると、湯が熱く湯気が立ち上る中、彼女たちはリラックスし始めた。
しかし、いつの間にか、湯に浸かっている間、二人の間に誰かの視線を感じるようになった。
真理が目を閉じていると、耳元で何か囁く声が聞こえた。
「帰れ…帰れ…」その声は、彼女の心に恐怖を植えつけた。

湯から上がった二人は、不安を感じながらも次第に慣れていった。
しかし、部屋に戻ると、今度はカラクリのように床がきしむ音が響いてきた。
そして、真理がふと気付くと、窓の外には女将が見た目の一人の女性が立っていた。
彼女はかすかに笑っているようだったが、その顔をよく見ると、微笑の下に潜む抗えない恐怖が隠れている。
この女性が一体何者なのか、真理の心には疑念が渦巻き始めた。

「私たち、ずっとここにいるの?」真理が恐る恐る言うと、恵美は「大丈夫、怖くない。私たちは何も気にすることはないよ」と言った。
しかし、その瞬間、旅館全体が大きく揺れ、天井からは無数の影が落ちてきた。
それは、《抗》う存在たちであり、彼女たちの心にこびりついていたトラウマや不安を映し出していた。

真理は隣にいる恵美を見ることができず、恐怖に囚われていた。
そして、彼女の目の前に現れたのは、女将の怨霊であった。
彼女は静かに手を差し伸べ、「お前たちの心が見える」と囁いた。
その瞬間、真理は激しい抗いの気持ちに押しつぶされそうになった。
「私たちは帰りたい!」と叫ぶと、女将は薄く笑い、彼女の心の奥にある恐怖を引き出そうとした。

かろうじて意識を保った真理は、恵美の手を取って一緒に逃げようとした。
二人は何とか廊下を駆け抜け、旅館の外へと飛び出した。
真夜中の空気に触れたとき、周囲の不気味な静けさから解放される気がした。
しかし、彼女たちの心の深いところには、抗えない恐怖が残った。

それ以来、霊宿の名前は忘れ去られることはなかった。
そして、旅館を訪れる者たちは、過去の未だに抗う気を抱える自分自身を見つめ直さなければならない道を選ぶことになった。
霊宿の伝説は、今日もなお続いている。

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