夏の終わり、涼を求めて田舎の友人の招待を受けた高橋は、彼の住む小さな村へと足を運んだ。
村は周囲を山々に囲まれ、静寂に包まれていた。
美しい自然の中で彼は心を安らげることができると思っていた。
しかし、この思いは、想像もしていなかった恐ろしい体験によって、あっさりと打ち砕かれることになる。
友人の圭介から村に伝わる不思議な話を聞いた高橋は、興味を惹かれた。
「村の近くにある古い線路の跡、今は使われていないんだけど、そこには幻のような存在が現れるって言われてるんだ。」圭介の言葉に好奇心が刺激された高橋は、その話題で盛り上がり、二人は夕暮れの頃、古い線路の跡に出かけることに決めた。
線路跡は薄暗く、周囲の森からは不気味な静けさが漂っていた。
高橋は少し怖いと感じながらも、圭介とともに線路を歩き続けた。
まるで迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。
彼はふと、何か不思議な気配を感じた。
風が吹き抜けるたび、彼の後ろからは誰かが見ている気配がするのだ。
しかし、振り返ると誰もいない。
そんな不安を抱えつつも、高橋は線路を進み続ける。
「この先に約束された何かがあるといいんだけど」と高橋は言った。
圭介はうなずき、「村の人たちはここで失ったものを取り戻すために訪れると言うんだ。ただし、戻れないかもしれないって警告もある」と説明した。
高橋はその言葉を聞き、心の奥で妙な期待を抱いていた。
線路の終点に近づくにつれ、周囲の景色が微妙に変化していくのを感じた。
霧が立ち込め、周囲の風景がぼんやりと霞んで見えた。
それと同時に、高橋は目の前に影のような存在を見つけた。
まるで幻のように、彼の視界に入ってはすぐに消えてしまう。
その存在は、何かを望んでいるかのようだった。
「見える?」圭介が高橋に尋ねる。
「うん、でも…なんだろう、この感じは」と高橋は言った。
影は彼らの周囲をぐるぐると回りながら、かすかに「戻して、戻して…」と耳にささやくような声を発した。
高橋の心は不安と興奮で揺れていた。
何か自分がここに来た理由があるのだろうか、そんな考えがよぎる。
線路の先に進むにつれ、高橋は「この存在が望んでいるものは何なのか、知りたい」と強く思った。
すると、目の前の霧がたちまち晴れ、そこにはかつての高橋が遊んでいた風景が広がっていた。
彼は幼い頃の自分を見つけたのだ。
すべてが鮮明に蘇ると同時に、周囲の音が大きくなり、高橋はその記憶に引き込まれていく。
「高橋、戻ろう!」と圭介が叫んだが、高橋はその声が遠くから聞こえているように感じた。
記憶の中で、自分が失った何かに手を伸ばし、求め続けた。
その時、彼の心の中に強い切望が生まれた。
「もう一度、あの頃に戻りたい。」その瞬間、影が高橋の心を掴み、彼を引き寄せた。
気がつくと、高橋は線路の真ん中で倒れ込んでいた。
霧は消え、周囲には圭介が不安そうな顔をして彼を見つめていた。
「大丈夫か、高橋?戻るべきなんだ!」圭介の言葉は、高橋の心に鋭く突き刺さった。
彼は、ほんの一瞬でも失われたものを望んでいたが、それがこの場から逃げられなくなる危険を孕んでいることを理解した。
高橋は立ち上がり、圭介の話を真剣に受け止めた。
「もう二度とこんな目には遭いたくない。」彼の心には、失ったものよりも未来を選ぶ強い意志が芽生えた。
友人と共に線路を離れ、彼らは静かにその場所を後にした。
失ったものを取り戻すのは、案外難しいことなのだと感じる高橋だった。