「帰還の呪い」

その村は、どこか忘れ去られたかのように静まり返っていた。
人々は余り外に出ず、夕暮れ時には急いで家に帰るのが常だった。
そんな中、ある青年、俊也は村の外れに住む祖母の元へ帰る途中だった。
他の村人たちが避ける場所、つまり「忌まわしい崖」と呼ばれる地を通らなければ、祖母の家には辿り着けない。

俊也は幼少の頃、崖の真下で遊んだことがあった。
しかし、ある時、鬼のような声とともに、友達の一人が姿を消してしまった。
そして村では「その場所には悪霊が住んでいる」と噂が流れ、誰もそこに近づくことはなくなった。
果たして本当に忌まわしい場所なのか?俊也は興味と恐怖が入り混じった思いで、その場所を通らざるを得なかった。

薄暗い木々の間を通ると、やがて目の前に巨大な崖が現れた。
なんとなく生ぬるい風が吹き、俊也はわずかな冷や汗をかいた。
「恐れることはない、急いで帰れば大丈夫だ」と自分に言い聞かせ、彼は足を進めた。
しかし、すぐに彼は異様なものに気付いた。
崖の上から、何かの声が聞こえてきたのだ。
「帰れ、早く帰れ」と繰り返すその声は、耳に優しく響いたが、心の奥には不安を引き起こすものだった。

俊也は足がすくむ思いだったが、祖母が待っているため、何とか崖を越える決意を固めた。
しかし、彼が崖を越えようとした瞬間、視界の片隅に人影が見えた。
それは幼い頃に消えた友達、拓也の姿だった。
目は虚ろで、まるで彼に何かを訴えかけるように、無言でこちらを見つめていた。

思わず俊也は叫んだ。
「拓也、どうしたんだ!?帰ろう!」と。
しかし、彼の言葉は拓也の耳には届いていないようだった。
彼はゆっくりと崖の端に向かって手を伸ばし、「俊也…助けて」と囁いた。
その声はかすかだったが、明確に彼の心に響いた。

「やめろ、そこに近づくな!」俊也は恐怖に駆られ、目を閉じた。
しかし、拓也の声は耳の奥で繰り返し響き続け、「助けて…戻ってきて」と求めていた。
彼の心は落ち着きを失い、ついには自身の命が危ぶまれる恐れに駆られて、意識が飛びそうになった。
そこで俊也は、一つの決断をした。
彼は無理に目を開け、すぐにその場を離れようとした。

しかし、その瞬間、拓也の手が彼の腕を掴んだ。
「帰らせない」と、その声は恐ろしいほどの強さを持っていた。
俊也は驚きと恐怖で動けなくなり、彼を引き寄せられようとする力を感じた。
まるでその場に引き寄せられそうになるように。

「できなければ、私もお前と一緒に…」拓也は視線を俊也の目に固定した。
俊也はその瞬間、自分が何を見てしまったのかを理解した。
これは単なる幻影ではない。
彼の心の奥に潜む、恐怖と後悔が形を成していたのだ。

「私は帰る!君も戻ってくるんだ!」俊也は拓也の手を振りほどこうとした。
しかし、その時、崖の奥から眺める無数の影が彼を見つめ、低い声でささやいた。
「苦しむ者は一緒に留まれ、永遠に帰れぬ地にて迷え」と。

俊也の心は恐怖に包まれた。
「帰る、帰らなければならない」と何度も繰り返し、彼は無我夢中でその場を後にした。
後には拓也の低い声が消え、崖の下に何も残らないのかと思うと、彼は呼吸を整えながら振り返った。

その時、彼は気づいた。
心の奥底に触れていた恐怖と向き合い、受け入れることで、初めて真に帰ることができるのだ。
そして、村に戻った頃、彼はどうしてもその崖には近づけず、自らの心の底に輝く光を見つけるまで、帰ることができないまま生きることになったのだった。

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