「帰れぬ思い出」

夕暮れの街を走る一台の車があった。
運転しているのは佐藤恵子、彼女は帰宅途中のOLだった。
日が沈み、薄暗くなり始めた道路を進むと、ふと視界の隅に何かが映った。
気のせいかと思い、自分を戒めながら再び目を前に戻す。
しかし、今度は確実に見えた。
それは、後部座席に座る少女の姿だった。

驚きと恐れで体が凍りつく。
恵子の心臓は高鳴り、視線を向ける勇気が出なかった。
それでも眼に焼き付いたその姿は、小柄で白いワンピースを着た、動かない少女だった。
少女は静かに前を見つめ、口を動かしているように見えた。
しかし、何を言っているのか分からない。
恵子は、思わず後部座席を確認する。
「誰かいるの?」と弱々しく叫んでも、返事はなかった。

そのまま運転を続けると、次第に少女の存在が気になり、心の中で葛藤が始まった。
「本当に見えているのか?それとも夢か?」心がざわめく中、彼女は我慢できずに目を後ろに向けた。

おそるおそる後ろを見ると、少女は恵子の目をじっと見つめ返してきた。
なんとも言えない悲しみの表情を浮かべながら、彼女は口を開いた。
聞こえない声が恵子の心に響く。
「助けて…私はここにいるの…」

恵子はぎょっとして、その場で急ブレーキをかけた。
平静を保とうとするが、運転席で大きく息を吸い込み、頭を整理する。
「私は霊を見ているのか?どうしてここに?」

その時、恵子は自分が過去に失った親友のことを思い出した。
彼女の名前は美奈子、学生の頃に交通事故で亡くなった少女だった。
二人は固い絆で結ばれていたが、美奈子の死は恵子にとって耐え難いもので、彼女はその後何年も心の底に重い罪悪感を抱えていた。

「ごめんね、美奈子…」

恵子は涙が流れた。
少女はまるでそれを待っていたかのように、さらに近づいてきた。
恵子は彼女を深く見つめ、「私は…ごめんなさい。あなたを助けられなかった…」声を震わせながら、思いを込めて呟いた。

少女は微笑んで、そして「証を…見せて…」と続けた。
恵子は凍りつく心を抑え込みながら、彼女が何を求めているのかを考えた。
これは、彼女が美奈子との絆を再確認し、彼女のことを忘れてはいないと示すための償いなのかもしれない。

「私を忘れないで、私たちの思い出を大切にして…」という美奈子の最後の声が響く。
恵子は再び運転を始めた。
心の中には、美奈子との思い出が甦っていた。

道路の向こう側には、美奈子が愛していた桜の木が見える。
それを見つけた瞬間、恵子はハンドルを切った。
桜の木の下に車を止めると、彼女は車から下り、ひざまずいて泣いた。

「ごめんね、美奈子。忘れないよ。あなたを助けられなかったけど、これからはあなたとの絆を大切にする。」

恵子の言葉と共に、静かに風が吹き抜けた。
少女の姿が薄れ、恵子はようやく心からの解放感を得ることができた。
彼女の心に残ったのは、失った友人との絆が決して消えないという思いだった。
その夜、恵子は久しぶりに安らかに眠ることができた。

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