「帰れない鳥の森」

小さな村の外れに、常に鳥の鳴き声が響く森があった。
その森は、村人たちの間で「帰れない鳥の森」と呼ばれ、決して足を踏み入れてはいけない場所とされていた。
しかし、好奇心が勝った一人の若者、樹(いつき)は、その禁忌を破ることを決意する。

樹は幼いころから、森の向こうには不思議な世界が広がっているのではないかと夢見ていた。
特に生まれてから今までずっと気になっていたのは、森の奥で繰り返し聞こえる「も」という声だ。
その声が、彼を呼んでいるように感じられたのだ。

ある日の夜、星明かりの下で樹はひとりで森の中に足を踏み入れた。
道に迷わぬように気をつけながら進むと、次第に辺りが静まり返り、のんびりとした鳥の鳴き声だけが彼の耳に残った。
しかしその鳴き声は、徐々に明確になり、単調なメロディの中に「帰れ」「割れた界」などの言葉が混じり始めた。

樹は胸がざわつくのを感じながらも、導かれるように森の奥へと進み続けた。
そしてやがて、彼が森の中央にたどり着くと、目の前には一つの鳥の巣があった。
それは普通の巣とは異なり、不気味なほどに細部が割れ目だらけで、まるで古代の遺物のようだった。
そのせいか、巣からはどこか異次元からの響きがした。

「も…あなたは、帰るべきではない」と、樹の心の内にささやく声が聞こえた。
彼は動揺し、「誰だ?」と声を上げたが、返事はなかった。
数分後、再び鳥の鳴き声が響く。
「お前が選択をしなくてはならない」という言葉が、どこからともなく響いてきた。

その時、樹は目の前に現れた一羽の鳥が不気味に笑っているのを見た。
その鳥は、どこか異様な美しさを持っていたが、その目には恐れと警告が宿っているようにも見えた。
樹は、一瞬その目に釘付けになり、思わず足を止めた。

「帰るか、割れた界に踏み込むか、選べ」とその鳥が告げた。
樹は恐れを感じつつも、自分の意思がどちらに向いているのかがわからなかった。
彼は内心、声に導かれて異世界にでも行けるかと思ったが、その分岐点には大きな責任が伴うことに気づいた。

迷った挙句、樹は「割れた界」とは何かを尋ねた。
その答えは思いもよらないものだった。
「そこは、過去と未来が交差する場所だ。願う者には強大な力を与えるが、同時にそれをもたらす者を呑み込む」という言葉が、暗闇の中で響いていく。

樹の心の中に大きな葛藤が生まれた。
彼は自分の選択が、何を引き起こすのか、一歩を踏み出すことに恐怖を感じた。
その時、彼の背後から再び「帰れ」と鳴く鳥が近づいてきた。
樹はその声に耳を澄ませ、自身の内に宿る本当の思いを探る。

「私は…帰る」と彼は決断した。
途端にその言葉が発せられた瞬間、鳥たちの鳴き声がひと際強まり、光の波が彼を包み込んでいった。
樹はそのまま意識を失い、次に目を開けた時、彼は村の外れに立っていた。

その後、樹は村に戻り、鳥たちの声を耳にすることはなくなった。
しかし、彼の中には割れた界の感覚がいつまでも残り、時折、選択の重みを思い返すこととなった。
そして、彼はその教訓を胸に抱きながら、静かに日々を過ごしていくのだった。

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