神奈川県のある町には、謎に包まれた小さな丘があった。
この丘は、地元の人々から「怖い丘」と呼ばれており、近づくことをためらう者が多かった。
その理由は、丘の頂上にある小さな祠にまつわる話だった。
この祠には、かつてその地で命を絶った若い女性の霊が宿っていると言われ、彼女の存在を感じた者は決して戻ってこないという噂が絶えなかった。
ある日、大学生の翔太は友人の麻衣と共にこの丘を訪れることにした。
二人は心霊スポットを巡ることが趣味で、怖い話を実際に体験したいと考えていた。
丘に近づくにつれて、周囲の空気が一変した。
静まり返り、まるで何かが彼らの存在を拒絶しているかのような雰囲気だった。
「ねえ、行こうよ」と麻衣が言ったが、翔太は一瞬躊躇った。
何か冷たいものを感じたからだ。
しかし、怖いもの見たさから、彼は勇気を振り絞り、麻衣とともに丘を登り始めた。
祠にたどり着くと、そこには小さな石像が立っていた。
麻衣が目を近づけて覗くと、「何か見える」と小声で呟いた。
翔太は不思議に思い、彼女の隣に寄り添った。
そこには何もなかったが、彼の背後で微かな囁き声がした。
「助けて…」
翔太は振り返ったが、そこには誰もいなかった。
心臓の鼓動が高まる中、麻衣が「これ、やばいかも」と言い出した。
二人は急ぎ足で丘を下り始めたが、道はどこか変わり、まるで迷路のようだった。
何度も同じ場所に戻ってくるうちに、翔太は不安を覚えた。
「大丈夫だよ、もう少しだから」と麻衣は言った。
しかし、彼女の声にもどこか冷たさが混じっていた。
翔太は彼女をじっと見つめた。
「麻衣、どうしたの?」
「私、実は…」その言葉と共に、周囲の景色が一変した。
丘の下から霧が立ち込め、彼らの視界が急激に悪化した。
翔太は動けなくなり、恐れが彼の心を埋め尽くした。
その瞬間、麻衣の目が変わった。
彼女の瞳はどこか虚ろで、まるで別人のようだった。
「翔太、私を助けて…」その声は、かつての優しい麻衣のものとはまるで違った。
翔太は彼女の手を取り、必死に逃げようとしたが、彼女の手は冷たく、力が全く入っていなかった。
「もう逃げられないよ」と麻衣は告げた。
その言葉を聞いた翔太は、頭が真っ白になった。
彼は必死に周囲を探り、逃げる道を見つけようとしたが、どれも同じ場所に戻ってしまう。
絶望の中、彼は自分が呪いにかかってしまったのだと気づいた。
その時、再び囁き声が響いた。
「彼女は永遠にここにいる…私と同じように…」翔太は恐怖で震え上がった。
麻衣の目の前に現れたのは、あの霊だった。
目が合った瞬間、翔太の脳裏にはその女性の過去が浮かび上がった。
彼女はかつてここで愛する人に裏切られ、自らの命を絶ってしまったのだ。
そして今、彼女は麻衣を同じ運命に引き込もうとしていた。
「もう二度と戻れないよ、翔太」と麻衣の口が動いた。
その直後、翔太は力を振り絞り、麻衣を引き寄せて走り出した。
しかし、足元には冷たい霧が立ち込め、彼は何度も転びそうになった。
だが、彼の中の情熱が消えかける中、必死に前へ進む。
次の瞬間、鮮やかな光が丘の彼方から差し込み、周囲の霧が一瞬で晴れた。
翔太は立ち止まり、振り返ると、麻衣は消えていた。
彼女の姿はもう、どこにもなかった。
翔太はそのまま丘を下り続け、無事に家に帰りついたものの、心の中には麻衣の亡霊が残っていた。
彼女の微笑みや、優しい言葉が、今や恐怖に変わってしまった。
彼は何度も丘のことを考え、彼女の運命を引き受ける覚悟を持っていた。
「次は誰を連れて行くの?」と無邪気な声が脳裏をよぎった。
翔太は恐怖を感じつつも、もう一度、その丘へ足を運ばねばならないのかもしれないという思いが胸を締め付けた。