夏の終わり、かつての繁栄を誇った小さな漁村、漣(さざなみ)。
村は海に面し、昔から漁業で生計を立てていた。
だが、近年は漁獲量の減少や若者の流出が続き、村の人々は日々の生活に苦しんでいた。
村の一番端に佇む古びた神社では、古くから「帰り道」を歩む者の噂が囁かれていた。
ある晩、村の少年・健二は友人たちと共に神社を訪れたのは、単なる悪ふざけの一環だった。
彼らはあえて神社の境内に入り、不気味な空気を楽しむことにした。
夜の闇に包まれた神社は静まり返り、まるで時が止まったかのようだった。
その時、健二は静かに耳を澄ますと、微かに聞こえてきたささやきに身を委ねた。
「帰り道に立たねば、帰れぬ…」
その言葉が彼の心に潜り込み、思わず背筋が凍った。
友人たちはその言葉を笑い飛ばしていたが、健二は不安を感じながらもその場を離れなかった。
友人たちが去っていく中、彼は一人で神社の奥へと進んでいった。
神社の奥には、不気味な井戸があった。
井戸は長い間放置されているようで、周囲は苔に覆われ、石が崩れかけていた。
思わず井戸の縁に手をかけ、覗き込むと、真っ暗な底が見えるだけだった。
しかし、次の瞬間、井戸の底から何かが彼を引き寄せるような感覚を覚えた。
その夜、健二は夢を見た。
夢の中で彼は、青年の姿をした神様に出会った。
神様は悲しげな顔をしながら言った。
「村の者たちが私を忘れ、帰り道を失ってしまった…」健二は何のことか分からなかったが、神様の言葉には何か力があった。
そして、健二は約束した。
「私はあなたの声を届ける。村に帰る道を取り戻す!」
夢から覚めると、彼の心には強い決意が芽生えていた。
朝、彼は村へと戻り、神社のことを話した。
しかし村人たちは信じようとはせず、ただの子供の戯言だと笑った。
健二の心には虚しさが残ったが、再び夢の中で神様に会うことを願った。
数日後、再び夢を見た。
今度は神様が現れ、井戸の中に何かを求めていると言った。
「帰り道を取り戻すためには、月明かりの夜に私を呼びなさい。」健二は目が覚めると、その夜の準備を始めた。
満月の夜、健二は神社に向かい、神様の名を呼んだ。
「神様、私を助けてください!」すると、不意に風が吹き、月明かりが井戸を照らす。
井戸の水面が揺れ、次第に一つの影が浮かび上がった。
それは見たこともない美しい女性の姿で、目は切ないほどの悲しみを湛えていた。
「私を解放してほしい…私の地は、かつての栄光を取り戻すために…。」彼女の声は低く、かすかに震えていた。
健二は心が痛む思いで見つめ、約束を果たすために行動することに決めた。
その女性が望むものを知るため、健二は村人たちに話すことを試みたが、彼らの目には恐れと無関心が色濃く浮かんでいた。
しかし、彼は諦めなかった。
再び神社に足を運び、井戸の水を手に、女性に呼びかけ続けた。
月日が流れ、彼は一人で井戸の前に立ち続ける中で、心の中に決意が芽生えていった。
ある日、ついに心を打たれた村人たちが彼の元を訪れた。
「話を聞いた後、自分たちの行いに気づいた。私たちも手を貸す。」健二は彼らと共に神社へ向かい、女性と共に帰り道を取り戻す儀式を行った。
最後に、月明かりの中、井戸の影は再び浮かび上がった。
「ああ、こんなにも長い間、私を忘れていたのですね。」その瞬間、彼女の姿はどんどんと光に包まれていった。
井戸の水が静かに波立ち、祝いの声が村に響き渡った。
村は再生の兆しを見せ、漁業も繁盛していった。
健二は心の奥底に、女性の思い出を抱きながら新たな日々を生きていた。
あの「帰り道」が見失われなくなった村の未来を願い、彼は信じた。
今日も誰かがその「帰り道」を歩くことを。