彼の名前は清志(きよし)。
清志は東京の郊外にある小さな町で、一人暮らしをしていた。
物静かな性格の彼は、夜な夜な本を読むことを楽しみにしていたが、最近はその静けさが気味が悪く感じるようになっていた。
何もない日常の中に、時折生じる不気味な現象が、彼の心に不安をもたらしていたのだ。
ある晩、清志が深夜の読書にふけっていると、突然、部屋の電気がチカチカと点滅し始めた。
次第にその光は消え、闇の中からかすかに「助けて…」という声が聞こえてきた。
清志は一瞬耳を疑ったが、恐る恐る音のする方に目を向けると、そこには薄暗い中にぼんやりとした人の影が見えた。
その影は、彼の昔の友人である裕樹(ひろき)だった。
裕樹はかつて清志と親友だったが、数年前に事故で急死してしまった。
その影は清志の目の前に現れ、「清志、助けて…」という言葉と共に、彼を見つめていた。
清志は驚きと恐怖に心臓が高鳴り、それでもどうにか声を絞り出した。
「裕樹?お前は…どうしてここに?」
裕樹の影は、静かに首を振った。
彼の存在は、どこか虚ろで、まるで何か大切なものを失ったかのようだった。
「清志、僕はこの世に留まっている。何かが僕をここに縛りつけているんだ…」
その時、清志は気がついた。
その家は、彼が幼少期に裕樹と過ごした場所でもあった。
彼の記憶の中には、嬉しい思い出と同時に、何かしらの影が潜んでいることを思い出した。
裕樹が亡くなった日、彼の周りで何が起こったのかを清志は鮮明に思い出せなかった。
「思い出せない…何があったんだ、裕樹?」
裕樹の影は、手を伸ばして清志に何かを訴えるようだった。
「僕はこの家の中の何かに…代わりにされるべき存在なんだ。何かが僕をここに留めている…その真実を知ってほしい」
その瞬間、部屋の空気がさらに重たくなり、清志は背筋に寒気を覚えた。
彼の視界には、周囲の風景が歪み、壁に映る影が彼を取り囲むように動き始めた。
まるで、長い間忘れ去られた何かが目覚めたかのようだった。
彼は裕樹の影に聞いた。
「どうすれば、あなたを解放できる?」「清志、君の中に残る記憶を求めている。私たちの過去に、清めなければならない記憶があるはずなんだ。」
清志はその言葉に背中を押されるように、少しずつ思い出を甦らせた。
数年前、裕樹が事故に遭った日に、一緒に遊びに行く予定だった。
しかし、彼が来る途中で交通事故に遭ったこと、清志はその責任を感じていた。
裕樹を守ることができなかった自分を責め続け、その影響で彼が今もなお苦しんでいるのだと考えたのだ。
「君は、僕が近くにいられなかったのを許していないんだね」と清志は静かに呟いた。
「許してほしい、裕樹。私は君が本当にいたことを忘れたくなかった…」
裕樹の影は少し穏やかに見えた。
「それが必要なんだ、清志。思い出してくれれば、私はこの世界から解放される…私たちの友情を清めてほしい。」
再び空気が変わり、部屋の明かりが点いた。
清志は裕樹の影に向かって深く頭を下げ、「ごめん、裕樹。本当にごめん。君のことを忘れたくなかったけど、恐れや後悔に阻まれていた。君を悼むために、これからは命を大切にするよ」と心から告げた。
裕樹の影は穏やかな笑顔を浮かべ、徐々に光に溶け込んでいった。
清志は何か大切なものを取り戻した気がした。
彼は明るい朝を迎えるとともに、心の奥に眠る思い出を清め、裕樹との友情を感じながら、新しい一歩を踏み出す決意を固めた。
その夜、不気味な現象は二度と彼の前に現れることはなかった。