田中健太は、大学生活のストレスから逃れるため、ひとりで実家に帰省することにした。
彼の実家は、静かな田舎町にあり、周囲は自然に囲まれている。
その日は夕方、彼が着いた頃には、太陽が地平線に沈みかけていた。
久しぶりの実家に胸が高鳴るが、どこか懐かしいような不安な気持ちも抱えていた。
家に入ると、相変わらず古びた家具や家電が並んでおり、かすかな埃の匂いが漂っていた。
健太は、昔よく遊んでいた庭でしばらく過ごすことにした。
その時、彼の心に不思議な気配を感じた。
それは、まるで誰かが自分を見ているような感覚だったが、振り返っても誰もいない。
しかし、その感覚を気にせず、健太は自分の部屋に戻り、一杯のコーヒーを淹れて落ち着こうとした。
夜が深くなり、外は静寂に包まれていた。
彼がコーヒーを飲みながら本を読んでいると、突然、家の中でかすかな音が聞こえてきた。
何かがこすれるような音だった。
おそるおそる音の元を探ろうと立ち上がった時、何かが彼の視界の片隅で光った。
それは、居間の灯りの下でゆらめく小さな影だった。
心臓が高鳴り、健太は恐怖を感じながらその影の正体を確かめに行った。
居間に足を運ぶと、そこには彼の父が昔大切にしていた古い掛け軸があった。
掛け軸には、見知らぬ霊の姿が描かれていた。
よく見ると、それは彼の祖父の姿に似ていた。
怖れよりも好奇心が勝り、彼はさらに近づいた。
すると、掛け軸の中から明るい光が漏れ出してきた。
その瞬間、彼の脳裏に祖父の声が響いた。
「健太、戻ってきてくれてありがとう。」その声は、耳の奥に直接響いてくるような感覚だった。
驚きながらも何か引き寄せられるように彼はその光に手を伸ばした。
すると、光の中から祖父の姿が現れ、彼を見つめている。
「お前はもうこの家を忘れかけていたね。私たちが欲しかったのは、お前の帰りだ。」祖父は優しい表情で語りかけてきた。
健太は混乱しながらも、祖父の言葉に惹かれている自分に気づいた。
祖父が言うには、彼の家族はこの場所で大切に築いてきたものがあり、それは簡単には忘れられないものなのだと言うことだった。
だが、次の瞬間、祖父の表情が突然変わり、彼の目が恐怖に変わった。
「だが、戻ってこなければいけない理由がある。霊がこの家を守っている。その霊はお前を求めている。お前が戻らねば、私たちを忘れてはならない。」祖父の言葉がもはや脅しに聞こえ、健太の心臓はさらに早く打ち始めた。
恐れを感じつつも、彼はその場から逃げ出した。
二階に上がり、自分の部屋のドアを閉めると、冷や汗が流れた。
自分が何を信じればいいのか、混乱した気持ちのまま窓の外を眺めた。
ふと庭の方に目をやると、月明かりの中に白い影がひらひらと漂っていた。
それは彼の目には見えない、でも確かに存在している何かだった。
彼はそのまま寝られずに夜を過ごすことにした。
床に横になり、目を閉じていると、耳元でささやくような声が聞こえてきた。
「健太、帰りたいのか。それとも、私たちを忘れたのか。」その声は、まるで彼の心に直接響いてくるかのようだった。
彼は再び恐怖に包まれ、目を開けた。
翌朝、健太は実家を後にすることを決意した。
その日、彼の中には何が起こったのか、その理由や意味を探りたいという思いがあったが、どうしようもなく逃げ出した。
それ以降、彼はこの家に戻ることはなかった。
その代わり、心の奥には家族や故郷を思う気持ちがずっと残り続け、いつかその理由を知る日が来ることを願うのであった。
