「帰らざる者たち」

静かな村の片隅に、歳月に磨かれたような古びた家があった。
その家に住む老女、佐藤ふみは、かつては豊かな家族を持っていたが、時が経つにつれ、夫や子供たちは一人また一人とこの世を去り、残されたのは彼女一人だけだった。
彼女の一日は、家の庭の手入れや、周りの雑草取りで過ぎていく。
村人たちには愛されていたが、徐々に彼女は孤独と向き合うようになっていた。

ある日、ふみは村の広場で若者たちが話しているのを耳にした。
「最近、あの家の近くで奇妙な現象が起きているって、知ってるか?」興味をそそられたふみは、つい耳を傾けてしまう。
「夜になると、白い服を着た若い女性の姿が見えるらしいって。なんでも、あの家の前で立っていて、何かを待っているみたいだ。」その話を聞いて、ふみは心の中に不安が芽生えた。

月明りの中、誰もいない静けさの中で、夜が訪れた。
深夜の3時、ふみはふと目を覚ました。
何かが彼女を呼んでいるように感じ、ベッドから起き上がり、思わず外へ出てみることにした。
外は静まり返り、風もなく、ただ月の光が静かに降り注いでいた。
ふみは、村人たちの噂を思い出し、心臓が高鳴った。

彼女は家の前に立ち、周りを見渡した。
そこに、心細そうに立っている女性の姿が見えた。
白い服を身にまとっており、長い髪が風に揺れている。
その姿は虚ろで、目はどこか別の世界を見つめているようだった。
思わず彼女に向かって声をかけた。
「あなたは誰?」

女性はふと振り返り、彼女の目がふみに触れる。
瞬間、ふみは何か強い衝撃を感じ、立ちすくんだ。
その女性は、どこか遠い存在のようでありながら、自分自身のようにも思えた。
「私は、かつての私。ここに戻ってきたの。」

その言葉を聞いたとたん、ふみの心に何かが吹き荒れた。
若い頃の自分が過去に何を求め、何を失ったのか。
それを思い出させられるようだった。
「私を待っているの?」ふみに問いかけるように、女性は微笑んだ。
「そう、あなたがここに戻ってくることを。」

ふみはその声に引き寄せられ、恐怖を感じる間もなく、その女性が示す方へと歩き始めた。
二人の間に微かな絆が生まれ、過去と現在がつながっていく。
だが、その道の先には何が待っているのか、ふみには全く分からなかった。

やがて彼女は村の外れへと導かれた。
そこには、かつて彼女が住んでいた家があった。
全ては朽ち果てて、時の流れに飲み込まれていた。
しかし、家の中は明るく、あたたかい光がともっていたように感じた。
「ここは私の記憶。失われたものが戻ってくる場所。」

思わず涙が頬を伝った。
ふみは自らの過去と向き合う勇気を持たなければならなかった。
失った家族、待ち続けた愛、そして忘れ去られた思い出…。
彼女はそれを受け入れ、やがて女性と共に家へと入っていった。

その瞬間、周囲は静まり返り、彼女の体には温かな感覚が広がった。
しかし、気がつけば、あたりは再び静寂に包まれ、女性の姿は消えていた。
ふみは立ち尽くし、何が起きたのかを理解できずにいた。
そして気がつくと、彼女は再び自分の家の前に立っていた。
家の中には何もなかったが、自分の心にはずっと無かったはずの充実感が広がっていた。

その後、ふみは再び夜を迎え、過去を抱えた自分と向き合うことができるようになった。
彼女は村人たちに話を聞かせることはなく、ただ静かに日々を過ごしていく。
彼女の中で、老女と若い女性は一つになり、彼女の選んだ道を照らし続けていた。

タイトルとURLをコピーしました