「山の神がささやく夜」

ある静かな秋の夜、人々は山へと向かうことを決めた。
霧が立ち込めるその山は、昔から不気味な噂が絶えなかった。
特に、月が照らす夜は、山の神が何かを語りかけてくると言われていた。

登山を好む健太とその友人、山田は、「山の神の言葉を聞こう」と意気込んで登り始めた。
彼らは仲間と共に、薄暗い道を進んでいく。
足元には、枯れ葉がさくりと音を立て、不気味な静寂が彼らを包み込んでいた。

途中、彼らは一人の女性に出会った。
名前は美咲。
美咲は、山の中で迷ってしまったと言う。
彼女は家族を探していて、彼らの助けを求めた。
健太は「もちろん、一緒に行こう」と優しく声をかけた。
すると、彼女の顔にほんのり笑顔が浮かんだ。

そのまま数人は道を進む。
霧が深まる中、美咲は時折、何かに怯えるような反応を見せた。
健太はその様子は気になったが、気にしないことにした。
すると、彼女が突然立ち止まり、「あの、私の家族、呼んでもらえますか?」と不安そうに頼んできた。

「そうだな、どうやって呼べばいいのかな?」と健太は言った。
「山の神にお願いすれば、きっと出てくるんじゃないか?」

その提案に美咲は頷いた。
健太と山田は手を取り合い、声を合わせて山の神に捧げるように叫んだ。
「山の神よ、誰か助けを求めています!」

その瞬間、山の空気が一変した。
霧の中から恐ろしい笑い声が聞こえてきた。
「お願いか…それなら、命を差し出せ」と。

美咲は一瞬、恐怖に怯えたが、何かに取り憑かれるように笑顔を浮かべた。
「あなたが私の家族を連れてきてくれるのなら、何でも差し出します」と言った。

突然、山田が言った。
「待て、美咲。何を言ってるんだ!」だが、美咲はそのまま口を開き続け、何かに導かれるように進んでいく。

健太は叫ぶ。
「美咲、戻ってこい!」

しかし、美咲は、視界の奥から浮かび上がる影に向かって手を差し伸べていた。
嘲笑する声が再び響く。
「彼女が選んだのだ、何もかも」

不安が募る中、健太と山田はその場から逃げ出した。
しかし、背後から美咲の声が聞こえた。
「さあ、あなたたちも来なさい。私たちはここに永遠にいる」

数日後、地元の新聞に「山で消息を絶った男たち」の記事が掲載された。
しかし、彼らの姿は誰にも見つけられなかった。

村人たちはその山を避けるようになり、「あの山には、山の神がいる」と語り合った。
彼らは、美咲の声と共に生き続け、山の頂上で新しい家族を作るという噂が広がった。

一度山に捧げられた者は、決して戻れない。
そんなことを誰もが知るようになっていた。
彼らは山の神の選んだ運命に縛られ、長い霧の中で永遠にさまよい続けるのだ。

タイトルとURLをコピーしました