「封じられた野原の思い出」

ある日の夕暮れ、田舎の村を離れた広い野原で、少年の康平は一人、つまらない気持ちで草むらに座っていた。
この野は普段は静かで、風に揺れる草の音や小鳥のさえずりが心地よかった。
しかし、その日は何かが違っていた。
空には不気味な雲が立ち込め、どこからともなく冷たい風が吹き始めていた。

康平はその異変に気づき、急に不安な気持ちが広がった。
友達と遊ぶためにこの場所まで来たのに、周りには誰もいない。
ただ静寂だけが支配している。
康平は「帰ろう」と呟き、立ち上がった。
しかし、足が動こうとしない。
まるで何かに封じ込められているかのようだった。

その瞬間、野原の中に白い影が現れた。
最初はカラカラとした風の音とともに、徐々にその姿が形を成していく。
影は薄暗い霊のようであり、長い黒髪を持つ女性の姿をしていた。
彼女は静かに康平の方を見つめている。
その目はどこか悲しみを帯びていた。

「助けて…」その霊が小さな声を発した。
康平は驚き、恐怖心が湧き上がったが、何故か彼女から目を離すことができなかった。
「私を放っておいてはいけない…」霊は続けた。
「ここに捕まっているの、もう長い時間が経ってしまった。」

康平は恐る恐る尋ねた。
「何があったの?」

霊は一瞬、目を潤ませた後、語り始めた。
「私の名は美紗。生きていた頃、ここで事故に遭い、誰にも見つけてもらえなかった。私の思いはこの野原に残り続けている。そして、私を助けてくれる者が現れるのを待ち続けているの。」

彼女の言葉を聞くうちに、康平は胸が痛くなった。
彼女はただこの場所から逃げ出したいだけなのだと気づいた。
しかし、同時にその恐怖の影が迫ってきていることを感じ取った。
彼を封じ込め、逃げられないようにする何かが。

「あなたを助けられるかもしれないけれど…」康平は言葉を選びながら続けた。
「どうやって?」

美紗は静かに微笑みながら答えた。
「私を解放してくれるのは、私の名前を知ることだよ。私の名前を呼び、私がかつて夢見た未来を思い出させてほしい。」その言葉に康平は心を奪われた。

康平は意を決し、美紗の名を叫んだ。
「美紗!私を助けて!あなたの思い出を教えて!」彼は自分の中にその想いを込めて叫んだ。

すると、野原が揺れ動き、冷たい風が吹き抜けた。
美紗の姿が変わり始め、背景の野が色づいていく。
彼女の思い出が映し出され、楽しかった日々や友人たちとの笑み、そしてあの日の悲劇的な瞬間が康平の目の前に現れた。

美紗の姿が次第に明るく、そして透明になっていく。
「ありがとう、康平。私のことを忘れないで。あなたの力で、私は自由になれる。」その瞬間、康平は彼女が本当に解放されていくのを感じた。
彼女の魂が空へと昇り、静かに美しい光となった。

野原は再び静寂に包まれ、康平は周囲が元の風景に戻っていくのを見た。
彼は恐怖から解き放たれ、自由になった。
気づくと、彼自身もこの場所から逃げ出せるような気がした。

康平はほっと胸を撫で下ろし、その場を後にした。
彼は美紗を忘れないと心に誓いながら、今後の自分の人生を輝かせるために歩き出した。
しかし、野原の片隅には、彼が解放した後の美紗の微笑みが、永遠に彼の心に残っているのだった。

タイトルとURLをコピーしました