「封じられた影」

静かな山間の村、雲海のような霧が満ちる早朝、村人たちは普段通りに仕事を始める。
しかし、彼らの間には一つの禁忌が存在していた。
それは、村の周囲に点在する「封じた場所」の存在だ。
この場所には、人の手によって封じられた「在」がいると信じられており、それに触れたり侵したりすることは、村にとって大変な災厄をもたらすとされていた。

渡辺直樹は、27歳の若者である。
村の伝説や禁忌に興味があった彼は、いつも不思議な物語に心を奪われていた。
ある日、彼は友人たちから「封じた場所」の話を聞き、その場所を訪れてみることに決めた。
興味本位だったが、彼の心の奥には、好奇心が彼を振り回すような甘美さがあった。

午後の陽が傾き始めた頃、彼は森の奥深くに足を踏み入れた。
目指す場所は、村の南側に位置する、普段は人の入らない禁忌の地だった。
木々の間から漏れる光とともに彼は進み、やがて古びた石垣に囲まれた場所を見つけた。
石には意味不明な文字が刻まれており、彼は興味津々でその文字をなぞった。

「これが封じられた場所か…」

直樹が声を漏らすと、突然、周囲の空気が変わった。
冷たい風が吹き抜け、木々がざわめき、彼の背筋に寒気が走る。
彼は一瞬立ち止まったが、心のどこかでこの瞬間を楽しんでいる自分がいた。
「大丈夫だ、大したことはない」と自分を励ましながら、彼は足を踏み入れた。

その瞬間、地面が揺れ、彼の目の前にぼんやりとした影が浮かび上がった。
影は人の形をしており、直樹は急にぞっとした。
彼は思わず後ろに下がろうとしたが、体が言うことを聞かなかった。

「あなたが私を解放しに来たの?」影は低く不気味な声で囁いた。
その声は彼の心の内に直接響くようで、恐怖を倍増させた。
「あなたには私の声が聞こえるの?」

不安になった直樹は、かろうじて首を振った。
しかし、影は無表情で続けた。
「そう、ここから出ることはできない。私を封じた者たちの呪いで、永遠にこの地を彷徨わなければならない。あなたも、ここに封じられたほうが良いのよ」

その言葉を聞いた瞬間、彼は恐怖に駆られ、急いで逃げ出そうとした。
しかし、影はすぐに彼の目の前に立ちはだかり、彼を虜にするような眼差しを向けてきた。
「あなたは私に近づいた。必ず捕まえてみせる」

直樹はパニック状態に陥り、無我夢中で森をかけ抜けた。
霧が深く立ち込め、視界が悪化する中、彼は必死に村へと向かった。
しかし、影の声が耳元で響き続け、逃げられない感覚に襲われる。
彼がどれだけ走っても、足元に影が染み込むように感じられた。

ようやく村の境界にたどり着いた時、彼はほっとした。
しかし、それも束の間、直樹は自分の周りに異様な静寂が訪れていることに気付いた。
彼は振り返り、影がもうそこにいないことに安堵したが、その瞬間、「あなたの選択は終わらない」と冷たい声が響いた。

彼は自分が何をしたのか、何を失ったのかを理解する余裕もなく、その場で立ち尽くした。
村人たちは彼を見つめ、不安な表情を浮かべていた。
彼はその目を見て、「皆、私のことを心配している」と思っていたが、実際には彼が村に戻ったことを受け入れられない様子だった。

日が落ちる頃、彼は自分の選択がどれほど重大だったのかを思い知らされる。
村に戻ったにもかかわらず、心は完全に「封じられた場所」に残されていた。
彼は影に捕らえられ、その運命から逃れることは決してできなかった。
村人たちの視線は冷たく、彼は次第に孤独に包まれていくのだった。

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