彼女の名前はあかり。
都会の喧騒とストレスに疲れ果て、ひとときの安らぎを求めて田舎に帰ることにした。
小さな村には、数年前に亡くなった祖母の家があり、そこでの静けさが彼女を待っていた。
だが、村には一つの忌まわしい伝説があった。
それは、「体に宿る者」の話だ。
夜、あかりは祖母の家で一人、古い家の木の温もりを感じながらくつろいでいた。
だが、段々と不安が襲い始める。
村の人々は決して話そうとしなかったが、彼女は幼い頃にこの村で耳にした話を思い出していた。
奇妙な声が聞こえる夜、食事を作ることを忘れた身体が、何かに導かれるかのように動き出すという噂だ。
気を紛らわせるため、あかりは寝る準備を整えた。
だが、薄暗い部屋の中で、ふいに背後から冷たい視線を感じた。
振り向くと、何もない。
ただ静けさが広がっている。
彼女は気のせいだと思い、すぐに床に横たわったが、全く眠れない。
まるで自分の身体が、異なる存在に支配されているかのようだった。
時間が経ち、ふとした拍子に目を覚ましたあかりは、身体が無意識のまま立ち上がり、家の外へと歩き出した。
暗闇に包まれた村の中、身体はまるで誰かに操られているかのように、まっすぐに古い神社の方向へ進んでいた。
その神社は、村人が「出費神」と呼び、毎年祭りが行われる場所だった。
神社に着くと、薄暗い境内の中で何かがおこなわれる気配があった。
目を凝らしてみると、村人たちが集まり、何かの儀式を執り行っている。
しかし、通りすがりの者に対する恐怖心から、彼らの表情や言葉は確認できない。
あかりは何もわからず、ただその場に立ち尽くしていた。
すると、その瞬間、彼女の頭の中に声が響いた。
それはかつて祖母が語っていた言葉だった。
「人々が必要とするのは、体を越えた何かだ。私たちの思いを受け止めてくれる存在がいる。」身体は神社の中心へと引き寄せられ、その中心には、どこか歪んだ人形のような形をしたものがあった。
まるで生きているかのように微かに動いていた。
その影を見た瞬間、あかりは理解した。
神社に集まっている人々は、自分の身体を捧げることで、強い思いをその人形に込めていたのだ。
そして、その人形は、彼らの心の中で生き続けている思いとも言えるのだ。
彼女は恐怖に怯えながらも、なぜかその儀式が美しいものに見えた。
そのとき、あかりの身体は再び動き出し、儀式の一部とされるべく、その場に身を置かされていく。
しかし、彼女は自我を保っていた。
「私は、私の身体を扱ってほしくない！」心の中で叫んだ。
だが身体は反逆し、神社の中心に向かわせ続けられた。
その瞬間、神社にかかる冷たい風が吹き抜け、周囲の村人たちの目が彼女に向けられた。
彼らは彼女を受け入れるために手を差し出している。
「身体はなかば道具。思いを形にするためのものだ。あなたも、私たちの仲間になってほしい…」
恐怖が彼女を襲ったが、同時に心の奥に潜む孤独感も浮上した。
ふと気がづくと、身体の動きが止まり、彼女は選択を促されていた。
自らを捧げるのか、それとも拒否するのか。
彼女は、自分の身体が他人のための「牲」となることに葛藤しながらも、その瞬間に自分を見失ってはならないことを決意した。
「私は、私の思いを捧げることを選びます。」あかりは心の中で自分に誓った。
その瞬間、彼女の身体は自由になり、周囲の人々も彼女の意図を理解したように、次第に姿を消していった。
彼女は神社で何が起きたのかを記憶しつつ、村に帰る道を急いだ。
夜明けが近づく頃、あかりは祖母の家に帰り着いた。
恐怖と孤独が交差する中、彼女は自分の選択が自身の「身体」と「思い」を守ったことを知り、安心した。
彼女の心には、他の誰かを捧げることなく、自分自身をしっかりと生きるという意思が根付いた。
