美は、友人たちと一緒に山奥にある宿に泊まることにした。
宿の周囲には美しい自然が広がり、日常の喧騒を忘れさせてくれる場所だった。
しかし、彼女たちの訪れた宿は、何か不気味な雰囲気を漂わせていた。
宿の主人は高齢の男性で、あまり話をすることがない。
しかも、宿の中は薄暗く、どこか冷たい空気が流れているように感じた。
友人たちは、最初こそ気にせず楽しく過ごしていたものの、夜になるにつれて宿の雰囲気が変わった。
月明かりが差し込む廊下を歩いていると、かすかに誰かの声が聞こえてきた。
その声は、まるで助けを求めているかのようだった。
美は恐る恐る声の方へ近づくと、廊下の隅にある古いドアが少し開いていることに気がついた。
「みんな、ここに何かいるみたい!」美は友人たちを呼び寄せたが、彼女たちは最初は興味を持たなかった。
しかし、美の強い意志に押されて、みんなでドアを開けることにした。
暗い部屋の中には、古ぼけた家具や汚れた壁紙があり、まるで時間が止まっているかのようだった。
すると、部屋の奥から再び声が聞こえた。
「助けて…」その声は、明らかに女性の声で、悲しみに満ちていた。
美はその声に魅了され、思わず足を踏み出してしまった。
友人たちは恐れを感じて一歩引いたが、美は声の正体を確かめたくてたまらなかった。
その時、突然、視界が揺らぎ、美の目の前に一人の女性が現れた。
彼女は無表情で、白い着物を着ていたが、顔には悲しみと怨念が宿っていた。
「私はこの宿の宿主、そして、ここで命を絶った者。私の残した想いを解放してほしい」と女性は言った。
美はその女性の苦しい表情を見て、心が痛んだ。
自分にも何かできるのではないかと考え、意を決して彼女に尋ねた。
「あなたの想いは何ですか?どうすれば助けられるの?」女性は一瞬、目を閉じ、深いため息をついた。
「私の家族に、私の無念を伝えてほしい。彼らは私の死を知らず、ずっと探している」と彼女は静かに語る。
美はその言葉に感動し、何とか手助けできる方法を考え始めた。
友人たちが恐れている中、美は女性に約束した。
「あなたの想いを伝えます。私がそのために行動するから、安心してください。」美は深く頭を下げた。
女性は微笑みを浮かべたが、その目は悲しそうだった。
その後、宿に戻った美は、どうやって女性の想いを家族に伝えるか考え続けた。
宿の主人にその話をしてみると、主人は驚いた表情を浮かべた。
「それは…あの女性のことか。彼女はずっとここに留まっている。彼女の家族はもうこの世にはいないが、彼女の想いは伝えられなければならない。」と、主人は告げた。
美はその話を聞いて、勇気を振り絞った。
夜になり、彼女はまたあの古い部屋に足を運んだ。
女性が現れると、美は「あなたのことを伝えてくれる家族はいないかもしれない。けれど、私はあなたの想いを忘れません」と約束した。
すると、女性は少しずつ透明になりながら微笑み、「ありがとう。私の想いは、もう一度解放される。」と言った。
その瞬間、美は不思議な感覚に包まれた。
女性の悲しみが消えていくのを感じ、同時にすべての不安も消え去った。
その後、宿での出来事は美たちの心に深く残り、彼女たちの絆も強まった。
美は、たとえ会えなくても、想いは人と人をつなぐものであると心から理解した。
宿を後にする際、彼女たちは振り返り、静かに祈りを捧げた。
もう寂しい影ではなくなった女性の想いが、どこかで幸せな場所に届くことを願って。