「家族の影」

夜の静寂が広がる古い町、そこで親子二人暮らしの小田家は、代々受け継がれてきた古びた家に住んでいた。
長男の卓也は、大学進学のために上京したが、母親の美紀は一人でその家を守っていた。
美紀は子どもの頃からこの家で育ち、特に夜になると、何か特別な雰囲気を感じることがあると言っていた。

ある晩、美紀が近所の友人と夕食を共にし、帰宅する途中、ふとしたことから町の古い伝説を耳にした。
それは、特定の場所で「間」を感じ取れるというもので、そこに足を踏み入れると、人々の心の奥深くに潜む願いが明らかになるというものであった。
しかし、そこへ向かうことで必ず代償を支払うことになる、と。

その話を聞いた美紀は、帰り道の途中にある神社に立ち寄った。
美紀の心の中には、長年の思いである「家族を守ること」という願いが秘められていた。
夜の静けさの中で、彼女はその願いを強く抱きしめながら神社の石の前に立った。
そして、彼女は何かを「約束」するかのように目を閉じた。

「私の願いを叶えてください。息子を守りたい…。」

その夜、美紀は奇妙な夢を見た。
夢の中で、彼女は卓也の声を聞いた。
「母さん、僕はここにいるよ。」振り返ると、卓也は目の前に立っていたが、表情はどこか歪んでいた。
彼はどこか遠い場所にいるようで、いつもとは違う感覚を抱いていた。

目が覚めた美紀は、ふと胸のあたりに重さを感じた。
実際に卓也が傷ついてしまうのではないかという不安が、彼女の頭の中を巡っていた。
そんな彼女を心配し、愛する息子の安全を願う気持ちが一層強まった。

数日後、卓也からの連絡が途絶えた。
普段なら毎日電話をくれる彼が、何日も連絡してこないのは初めてのことだった。
美紀は不安に駆られ、心の中でかつての約束を思い返した。
彼女は卓也のことを見守ることを約束し、そのためなら何でもするつもりでいた。

だが、その思いが強まるにつれ、美紀の生活には不安と孤独が影を落としていった。
彼女は夜になると、石の前で祈ることが日課になったが、次第に彼女の心も不安に支配されるようになった。
願いを込めるたびに、流れてくるのは「代償」の声だった。

そしてある晩、美紀はとうとう愛する息子の身に何か起きているのではないかという考えに悩まされ、羽がついているような不安感に襲われた。
目の前に現れる映像—卓也が何かに追われ、そして彼の姿が次第に消えていく様子が、彼女の心を試すかのように浮かび続けた。

美紀は神社の石の前で、再び願いをかけた。
「卓也を助けてください!私は何でもしますから!」彼女の心から絞り出されたその言葉が、夜空に吸い込まれていくと、暗闇の中に光が現れた。
その光は不思議に美紀の胸へと迫り、彼女を包み込んだ。

だが、その瞬間、誰かが彼女の手を強く握る感覚がした。
身動きを取れなくなり、目を開けると、卓也の姿が無表情で彼女の目の前に立っていた。
目を細めて見つめると、その顔には何ともいえない冷たい笑みが浮かんでいた。

「母さん、僕は約束を果たさなきゃいけないんだ。」 卓也の声は、母親の心に突き刺さった。
その時、美紀は悟った。
自分が彼に願ったことで、彼の道を邪魔していたのだ。
母としての愛が、今や束縛になっていたのだと。

心のどこかで感じていた間が、今、すぐ目の前に立っている。
我が子を守る思いが、逆に彼の足を引っ張っていることに気づいた美紀は、涙を流し、「ごめんなさい、あなたの道を行きなさい。」と呟いた。

その瞬間、光が彼女を包み込み、卓也の姿は霧のように消えていった。
美紀はただ立ち尽くすことしかできなかった。
正しい道を進む勇気を持たなければならない。
自分が抱いていた「約束」の意味を再認識し、彼女は心からの解放を掴んだのであった。

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