「宮の石が呼ぶ影」

静かな村の外れに、古びた神社があった。
その神社は、昔から村人たちに信仰されてきたものの、近年は崩れかけた建物と化し、訪れる人も少なくなっていた。
神社の境内には、一見何の変哲もない石が一つ置かれていたが、その石には村の伝説が宿っていた。

ある晩、若い女性、佐々木由紀は友人に誘われて、その神社を訪れることにした。
彼女たちは夜の肝試しを計画しており、何か恐ろしいことが起こることを期待していた。
神社に辿り着くと、闇の中で不気味に光る石が目に入った。
由紀はその石について何かの噂を聞いたことを思い出した。
村人たちは「この石に触れると、目に見えない者が写し出される」と語り継いでいたのだ。

由紀は興味を惹かれ、友人たちの目を盗んで、その石に手を触れた。
瞬間、心の底から冷たい感覚が伝わってきた。
一瞬周囲が暗くなり、彼女の視界に奇妙な光景が広がった。
そこには、何人もの人影が宮の境内に現れ、彼女をじっと見つめていた。
由紀は恐怖で動けず、その場に立ち尽くした。

人影はゆっくりと近づいてきた。
彼らの顔は、まるでかつて生きていた人々のように見えた。
しかし、その表情には絶望と怒りが滲んでいる。
由紀は思わず後ずさりし、石から手を離した。
しかし、その瞬間、彼女の後ろに冷たい手が触れた。
「こちらに来なさい」と、誰かの声が響いた。
由紀は振り向いたが、誰も見当たらない。

いっそう恐怖が増した由紀は、友人たちの元へ戻ることを考えたが、足が動かない。
動けないまま、ただその石に導かれるようにして、影の人々が立つ方へ引き寄せられていく。

「あなたは私たちのことをわかっているの?」影の一人が問う。
「私たちも、ここで生きていた頃の記憶を持っている。だけど、私たちはもうこの世には存在しない。」

由紀は震え上がりながら、彼らの語ることに耳を傾けた。
影たちは、この神社に埋もれた悲しい歴史を話し始めた。
彼らは厳しい運命に翻弄され、共に亡くなった人々だった。
そして、彼らの魂はこの石に縛り付けられ、宮の境内に居続けることを余儀なくされていたのだ。

その時、由紀の心に一つの思いが浮かび上がった。
彼らの存在は、彼女自身にも何か関連があるのではないか。
おそらく、彼女はこの場所に引き寄せられる運命を持っていたのかもしれない。

「私も、あなたたちの仲間になりたいのですか?」由紀は恐る恐る問いかけた。
影たちは静かに彼女に近づき、「私たちと共に生を共有する道を選ぶのか、それとも生きてこの場を去るのか、選ぶがいい」と言った。

由紀は悩んだ。
生きることは大切だが、この人々の苦しみを背負うことができるのか。
彼女の心は混乱した。
目の前の決断が、これからの人生を決定付けるものだと感じた。
由紀は強い意志を持って、影たちに言葉を返した。
「私は、生きていきます。誰かの代わりになんてなりたくない。私は私自身の人生を歩んでみせます。」

その瞬間、影たちは一斉に悲しみの表情を浮かべた。
「それがあなたの選択なら、私たちは永遠にこの宮に留まることになる。しかし、あなたの選択には代償が伴うことを忘れないで。」

由紀はその言葉を胸に刻み、石から離れた。
瞬間、神社の境内が明るくなり、影たちは静かに姿を消していった。
彼女は震えながら友人たちの元に戻り、無事にその夜を終えることができた。
しかし、心の奥深くに、影たちが語った言葉が何度も浮かんできた。

その後、由紀は神社に訪れることはなかったが、いつまでも不思議な感覚が彼女の中に残り続けた。
時折、夜の静けさの中で、自分の選んだ道が正しかったのかと迷うことがある。
しかし、彼女は自分の生を歩むことを選び、思い出に残る古い宮の影と共に生きることを決意したのだった。

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