深い山奥にひっそりと佇む、古びたにんぎょう屋。
その屋では、誰もが恐れる「官の印」と呼ばれる神社の護符が、今なお存在しているという。
地元の人々は、この官の印を手に入れることで、他者の信を手に入れられると信じていたが、それがもたらす覚醒の果てには恐ろしい真実が待ち受けていた。
ある日、大学生の隆太は、友人と一緒にその神社を訪れることに決めた。
好奇心旺盛な友人の健二は、自らの験を試すことを熱望しており、「怪談話の真実を確かめに行こう!」と叫んだ。
隆太は少し不安を覚えたが、彼の熱意に引き込まれる形で同意した。
二人は遅い時間、暗い森の中を進み、奥へと足を踏み入れた。
鬱蒼とした木々がそびえる道をゆっくりと進むと、次第に周囲は静まりかえり、何かが息を潜めているような気配が感じられた。
やがて、視界の先ににんぎょう屋が見えてきた。
それは長年人の手が加わらなかったのか、明らかに朽ち果てた佇まいだった。
「これが官の印の神社…」隆太はしばらくその光景を見つめ、胸が高鳴った。
恐る恐る近づくと、目の前に大きな木製の扉が現れた。
健二は興奮した様子で扉を開け、「早く中に入ろう!」と促した。
屋内には、埃が舞い上がり、長い年月の痕跡が残っていた。
薄暗い灯りの中に無数のにんぎょうが並べられており、それぞれが異なる表情を浮かべていた。
「うわ、こんなの気持ち悪いな…。」隆太はぞっとし、思わず後ずさった。
しかし、健二は既ににんぎょうの一つに手を伸ばしていた。
「このにんぎょうだ、何か感じる…」健二はそう言いながら、その腕にある不思議な印をじっと見つめていた。
その瞬間、隆太の背筋に寒気が走った。
彼は「それは触らない方がいいよ…本当に危険だ!」と叫んだが、健二は聞く耳を持たなかった。
「信じる者には力が宿る…俺にはこのにんぎょうが必要なんだ!」と叫び、健二はそのにんぎょうを引き寄せた。
隆太は思わず目を閉じると、耳元で誰かの囁き声が響いた。
「一つの覚醒が訪れる…信を持て、印を刻め。」
ふいに、部屋の空気が重くなり、にんぎょうの目が彼らを見つめているように感じた。
その瞬間、健二は急に笑い出し、「見て!俺がこのにんぎょうを召喚できる!」と叫んだ。
隆太は恐怖に震えながら、彼の背後に逃げるようにして移動した。
次の瞬間、屋の中に強烈な風が吹き荒れ、隆太は体を持って行かれるかのように感じた。
健二は依然として狂ったように笑い続け、その表情は徐々に狂気に満ちていった。
「俺は覚醒する!信じてくれ、何も恐れることはない!」
隆太は彼の変わり果てた姿をただ見つめるしかなかった。
「健二、やめろ!」と言葉を発するが、その声は風にかき消されてしまった。
次第に周りのにんぎょうたちが動き始め、隆太は体が固まる感覚に襲われた。
悪意を持つ瞳が彼を見つめていた。
そのとき、背後から「あなたの信は、あなたを覚醒させる。」という声が響いた。
隆太が振り向くと、そこにはかつてこの屋に迷い込んだ人々の霊が立ち尽くしていた。
彼らの姿は朽ち果て、怨念のように空気を覆っていた。
「俺は…、俺はここから逃げられない?」隆太は恐れを抱き、体が震えた。
しかし、健二はその瞬間、全ての印を受け入れるかのように顔をゆがめた。
「名を知り、覚醒せよ。選んだ道に後悔はない。」
突然、隆太と健二の間に巨大な影が立ち上がり、印が光り出した。
隆太は一瞬のうちに、友人が新たな存在に変わる姿を目撃した。
その光は空間を歪ませ、彼を次元の穴に引き込んでいった。
健二の声が後ろから消えていくのを感じながら、隆太は恐怖のあまり目をつぶった。
彼はその場から逃れることができず、永遠に「官の印」の記憶に閉じ込められた。
彼の信じた道は、決して戻ることのできない迷いへと繋がっていったのだった。