「嫉妬の霧が包む庭」

静かな午後、庭の片隅には一匹の忠犬が座り込んでいた。
その名は、「はる」。
はるは、飼い主の健太と一緒に育った犬で、いつも穏やかな目をしていた。
しかし、最近、健太の心に芽生えた嫉妬の影は、はるにも影響を及ぼしていた。

健太は近所の美しい隣家に住む花子との親密な関係が発展するにつれ、彼女を思う気持ちと同時に、はるが彼の愛情を奪われてしまうのではないかという恐れを抱いていた。
そんな葛藤を抱える健太の心は、庭に流れる穏やかな時間とは裏腹に、次第に暗い色に染まっていった。

ある日、庭に濃い霧が立ち込めた。
外の世界がぼんやりとした白い幕に包まれ、まるで視界が遮られたかのようだった。
健太はいつものように庭に出たが、何かがいつもとは違っていると感じた。
特にはるの様子が、普段の彼とは異なっていた。
いつも傍にいるはずのはるが、今は庭の隅で静かにじっとしていた。

「はる、どうしたんだ?」健太は気にかけたが、犬は動こうとしない。
かえって、彼の心の中で嫉妬の感情が渦巻き、はるとの関わりが疎かになっていく。
花子との時間に夢中になる健太は、はるの存在を忘れ、やがて夜が訪れた。

月明かりの下、健太が庭で花子と遊んでいると、再び霧が現れた。
今度はより一層濃く、周囲の音も消し去ってしまうような不気味さを帯びていた。
近くにいた花子が「健太、何か変な気配を感じる」と言った時、不意にはるの鳴き声が響いた。
その声は、いつもとは明らかに違っていた。
どこか悲痛であり、そこには嫉妬が潜んでいるように思えた。

健太は不安が募り、庭の隅に行くと、はるが座り込むその姿が見えた。
しかし、再びはるの姿が薄暗い霧の中に溶け込んでいく。
まるではるが何かに憑りつかれたようだった。
健太はその瞳に恐怖を覚え、動くことができなかった。
彼の心の中にあった嫉妬が、はるの姿を変えさせてしまったのかもしれない。

霧が立ち込める中、はるはゆっくりと立ち上がり、健太に向かって歩み寄ってくる。
その目はいつもと変わらぬ優しさを持っていたが、悲しみと怒り、嫉妬の影を帯びているように感じた。
健太はそのことに気づき、自身の心の怠慢を痛感した。
「ごめん、はる、君を無視していた」と心の中で呟いた。

そして、健太ははるのもとへ駆け寄り、抱きしめようとした瞬間、はるの姿が消えてしまった。
まるで霧の中に吸い込まれるように。
彼は信じられない思いで、その場に立ち尽くし、野原の静寂の中で孤独を感じた。
自分がはるとのつながりを疎かにしていたからこそ、彼の忠犬が影となってしまったのだ。

しばらくの後、庭に訪れた健太は、そこで見たはるの姿を忘れられなかった。
霧の中で再び呼びかける声、夜の闇に響く悲しげな鳴き声。
それは罪悪感の象徴であり、嫉妬の代償だった。

時が経つにつれて、庭は再び静けさを取り戻した。
しかし、健太は心に重くのしかかる感情を抱えたまま、静かな日々を送り続けた。
彼の目には、はるの姿が見えないまま、一匹の忠犬が失われた悲しみが映し出されていた。
庭の霧の中には、はるの思いが未だに漂っているように感じられた。

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